朝日新聞が広報する、警察庁が考える警察官不祥事防止対策の誤り

2013年4月7日付朝日新聞朝刊記事によると、警察庁は、警察官の
不祥事防止対策として、採用直後の警察官が全員入校する警察学校など
で、警察官としての資質を見極め、適さないと判断した人には退職を積
極的に勧める方針を決めた、とのことだ。警察学校の教官の不祥事もあ
るので、都道府県警での選任の仕方についても警察庁が注文をつけるよ
うだ。


呆れた。
不祥事は新米警察官がけが起こすものではない。だれでも知っているこ
とだ。
長崎ストーカー殺人事件(2011年)では、千葉県警習志野署の組織
的不手際が殺人事件を引き起こし、その事実を組織的に隠ぺいしていた。
習志野署長は懲戒免職でも辞職でもなく、単なる異動。
新米警察官が起こす不祥事にしても、その原因や背景をしっかり見極め
なければ、適切な処分はできないし、再発の防止のための有効な対策を
立てることもできない。
地位の低い警察官の些細な不祥事について対策をとったふりをするとい
う、トカゲの尻尾切りでごまかそうとしているとしか考えられない。


警察庁のそんな広報を朝日新聞が堂々と記事にしている。書いている記
者と警察官僚が大学の同期かなにかで親しいのかどうかわからないが、
あまりにもひどい。
記事をみてみよう。


記事によれば、警察庁は、警察学校で学ぶ学生の中には、授業中に無断
で教室を出て行く、期限内に提出物を出さない、嘘をつくような人がい
ることを問題視しているようだ。


断片的すぎてこれがどれほど深刻な問題なのかがわからない。
1) 授業中に無断で教室を出て行く
どのような経緯でそのようなことになったのか。その後、教官はどのよ
うな指導をしたのか。それに対して新米警察官はどのように受け止め、
どのように改善されたのか。
2) 期限内に提出物を出さない
期限内に提出できなかった提出物は何か。遅れた理由は何か。その後、
教官はどのような指導をしたのか。それに対して新米警察官はどのよう
に受け止め、どのように改善されたのか。
3) 嘘をつく
これこそ呆れた。警察官は嘘をつかない・・・? そんなことを知り合
いの現職・OBの警察官に聞いてみろ。大笑いされることは必至。問題
は嘘をつくこと自体なのではない。どのような場面でどのような嘘をつ
いたか。それがその後どのような重大な悪影響を生じさせたか。それに
対して教官がどのような指導をしたか。それを新米警察官がどのように
受け止め、どのように改善されたか、が重要なのだ。
こういうことがこの記事にはまったくない。まるで、警察組織のいうこ
となら何でも信じてしまっている。これはもはや記事ではない。警察庁
の広報そのものだ。


記事には、現状では、「決まりを守れない人に法の番人の資格はない」
との考えから、教官や指導役の警察官らが「ほかの道を探した方があな
たのため」などと説明して、退職を促しているのだそうだ。
ここにいう「決まり」とは何なのだろうか。「法」や「法律」ではない
ことがポイントだ。記者もそのことには気づいているはずだ。
現場の警察官には「犯罪」摘発ノルマがある。これを達成するのが警察
組織内の「決まり」だ。裏金づくりのニセ領収証に他人の氏名や住所を
手書きするのも、警察組織内では「決まり」だ。
「決まり」と「法」はまったく違う。「決まり」を守らないことが法を
守ることになる。その現実を記者は無視している。


2011年度に全国の警察学校に入った11,479人中、1,102
人(9.6%)が、入校中に退職した。毎年、同じくらいの割合の入校
者が退職している。その多くは、「勉強や体力の面でついていけない」
など自ら見切りをつけるケースだと説明されている。
ここでも、記者は退職者への取材を怠って、警察庁の言い分だけを書い
ている。
警察学校に入った者がすぐに感じることは、警察組織というところが社
会常識が通用しない、上司・上官絶対の世界だということである。そこ
では、民主主義社会における警察のあり方という思想が教えられること
はない。いくら不合理な指示であっても拒否したり疑問を口にしたりす
ることが許されない。
就職難の時代に、毎年、1割の新人が退職してゆく業界がほかにあるだ
ろうか。記者はこのような初歩的な事実にも疑問を抱かない。


解説を緒方健二・編集委員が書いている。
編集委員という立場からすると、記者としての経験がすでに十分にあり、
さまざまな問題について造詣が深いのだろうと思う。
しかし、それにしては記事に対する検討が甘い。記事を書いた記者にも
っと丁寧に取材し書くように提案しなかったのか。それとも自身で「取
材」(取材の名に値しない)したのだろうか。


解説文もひどい。
緒方編集委員は、問題のある警察官は新米警察官にかぎる、新米警察官
のときに排除しておけば不祥事は起こらなくなる、と考えているようだ。
だから、警察庁が、採用試験にポリグラフ(うそ発見器)を導入する案も
検討している、などということを疑問もなく書いている。警察組織が正直
者だけで構成されているとでも思っているのか。あまりにも現実離れして
いる。現実離れした問題認識を立脚点にしたのでは、問題の解決どころか、
事態は泥沼化するだけだ。
朝日新聞社では、だれもこういう記事に疑問を抱かないのだろうか。


警察の問題は表面化する下級警察官の個人的な不祥事だけではない。それ
は個別の対応ができるからまだマシだ。
問題は組織的な病理についてどう対処するかだ。
現場の警察官も一労働者だ。彼らひとりひとりが人として尊重されなけれ
ば、彼らが国民ひとりひとりを守ることに誠心誠意取り組めないのは当然
だ。この関係性に、国民は関心を持つべきだ。