覚せい剤使用事件で公訴の取消し、と新聞記事

 産経ニュースに驚きの記事(2014.6.18)があった。

 覚醒剤を使用したとして覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴された30代の男性について、
静岡地検は17日、静岡地裁に公訴取り消しを求め、裁判所はこれを認めたという。

 検察官は一旦起訴した事件は何が何でも有罪判決に持ち込もうとする。裁判官もこれに歩調を
合わせる。
 覚せい剤の自己使用事件は、日々、全国の裁判所の刑事法廷でみられるものだ。どれも有罪。
証拠(尿、注射器、未使用のパケなど)が揃っている事件ばかりだ。この事件もそういう事件だっ
たはずだ。

 それなのに、検察官は公訴の取消し、言い換えれば、「この裁判止めたいんですけど」と裁判官
に言い、裁判官も「いいよ」と言ったということだ。ふつうの刑事裁判では考えられないことだ。

 刑事訴訟法では、「公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる。」(257条)
と規定している。今回のケースも判決前だから、検察官は法律で許されている権限を行使したま
でだ。そうは言っても、公訴の取下げは年に1件あるかないかというくらい少ないのではないだろ
うか。

 では、なぜ、それほど珍しい公訴取り下げを、静岡地検の検察官はしたのか。
 記事では、地検の佐藤洋志次席検事が「県警が違法捜査をしていた疑いが濃い」と説明してい
るとのことだ。

 どういうことか。記事では、次のように説明している。
 ≪地検によると、男性は4月に県警細江署の巡査部長、横山彰一被告(39)=17日に同法違
反(譲り渡し)の罪で起訴=から譲り受けた覚醒剤0・1グラムを使用した疑いで逮捕、起訴され
ていた。既に地裁浜松支部が勾留取り消しを認め、釈放されている。≫

 男性が使った覚せい剤は現職の警察官から受け取ったものだったということだ。
 男性はおそらく最初からこのことを訴えていたはずだ。そうだとすれば、捜査していた警察官た
ちも捜査検事も、逮捕状を出し、勾留を認めた裁判官も、「それが何か?」と、無視していたとい
うことだ。

 記事では、検察官から公訴の取下げを求めたことになっているが、それは実態とちがうのでは
ないか。

 検察庁では、起訴の判断は捜査検事が個人で行わず、上司の決裁を受ける仕組みになってい
る。いわば、組織決定なのだ。だから、捜査担当と公判担当の検察官が別人だったとしても、方
針は変わらないはずだ。
 これに対して、裁判所の方は、令状担当の裁判官(こちらは民事裁判官を含めた当番制)と刑
事法廷を担当する裁判官は別であるし、目にする証拠もかなりの差(令状段階では被疑者や弁
護人側の言い分はほとんど反映されないのに対して、法廷ではその言い分がはっきり出て来る)
があるので、違った判断が出やすい。そして公判担当の裁判官から、「これはまずいんじゃない
の」と言い出したのではないだろうか。
 
 記事は、警察官がこのようなことをした背景事情について説明している。
 ≪県警によると、横山被告は昨年春から薬物捜査を担当していたが、薬物事件を摘発したこと
はなかった。県警は実績を挙げるために男性に覚醒剤を渡したとみて、薬物の入手経路などを
調べている。≫

 摘発ノルマだ。ノルマの強化が警察官を犯罪に走らせたのだ。摘発ノルマは、警察が実現する
正義のために、警察官に犯罪を犯させるという矛盾を孕んでいる。

 毎日新聞の記事にも産経ニュースと同じくこの指摘があった。
 しかし、朝日新聞の記事にはなかった。
編集の時点で削られたのだろうか。削られたことによ
り、朝日新聞の読者は、産経ニュースや毎日新聞の読者のように事件の背景を知ることができ
なくなった。そうなっていることを朝日新聞の読者は知らない。