不正流出名簿、「一括消去」制度を考える

 朝日新聞デジタルの配信ニュース
 ≪菅義偉官房長官は11日の記者会見で、企業が保有する顧客名簿などの個人情報が不正に流出し
た場合、その情報全体を一括して利用できないようにする制度をつくることを検討する考えを示した。≫

 なるほど。

 消費者庁によると、現行法でも、自分の情報を違法に取り扱われた人はその情報の利用停止を事
業者に申し立てることができる。だが、流出した名簿などを一括して消去できるような制度はない。≫

 この説明は正しくない。現行法では、本人についてさえこのような権利はない。 どういうことか。

 今回の事件は民間で起こったものなので、ここにいう「現行法」は、行政機関が保有する個人情報の
保護の問題ではなく、民間を規制対象とした個人情報保護法だ。
 その第27条第1項本文は次のように規定している。
 「個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データが第16条の規定に違
反して取り扱われているという理由
又は第17条の規定に違反して取得されたものであるという理由
よって、当該保有個人データの利用の停止又は消去(以下この条において「利用停止等」という。)を
求められた場合であって、その求めに理由があることが判明したときは、違反を是正するために必要
な限度で、遅滞なく、当該保有個人データの利用停止等を行わなければならない。」

 なるほど。

 で、「第16条の規定に違反して取り扱われている」とはどういうことか。
 
 第16条第1項 「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目
的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。」

 目的外利用の禁止だ。今回の場合はこれに該当しない。
 では、「第17条の規定に違反して取得されたものである」とはどういうことか。

 第17条 「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。」

 ジャストシステムは「偽りの手段」で取得したのではない。「その他不正の手段」によって取得したと
言えるかどうかは、はっきりしない。

 とすると、本人からジャストシステムに対して削除請求できるかどうか疑問だ。

 しかも、だ。
 さらに高い障害がある。
個人情報保護法は、東京地裁平成19年6月27日判決(平成18年(ワ)第18312号)では、第25
条第1項に基づいて個人情報の開示を裁判手続により請求することができないと解釈しているので、
第27条に基づいて個人情報の削除を裁判手続によって請求することはできないという解釈になるは
ずだ。
 
 具体的な権利として認めるべきだという解釈もある(三宅弘・小町谷育子著『個人情報保護法 逐条
分析と展望』(青林書院)(187頁)が、裁判所は認めてくれなかった。

 本人の知らない間に、あるいは不本意な形で、多様な個人データが様々な人、企業、集団に利用さ
れている現状社会で、個人に権利を認めないことは、プライバシー権の否定であり、人格権の否定だ。
時代錯誤だ。

 しかし、本人に利用停止請求権や抹消請求権を認めるだけでは足りない。

 本人が幼児であれば、権利行使することに現実味がない。親や保護者にも代理権を認めるという
方法があるにしても、親や保護者がしっかり迅速に対応してくれる保証はない。

 今回の場面についてみると、ベネッセの財産権が侵害されたという法律構成が可能である。ベネ
ッセがお金をかけて工夫し苦労してやっと集めたベネッセの大事な大事な財産とも言うべき個人デ
ータを、そんな苦労など全くしていないジャストシステムがベネッセの同意なく利用することは、ベネ
ッセの財産を奪い、それを返さないで使い続けているとみることができる。そのような解釈ができれ
ば、財産権の侵害を止める方法として、ベネッセの権利として、ジャストシステムに対して、利用停
止、抹消請求権が認められてよいはずだ。
 そうすれば、ベネッセに個人情報を提供した人たちの個人情報を守ることもできる。

 一般的抽象論としては、学術研究や報道などの「表現の自由」への配慮も必要だが、学術研究や
報道で、今回のような膨大な個人データを購入することがあるだろうか。この点にも配慮しつつ、実
効性ある個人データ保護の仕組みを作る必要がある。