暴走する正義

 2014年8月28日付東京新聞朝刊
 ≪埼玉県で7月、全盲の男性が連れていた盲導犬が電車内か駅周辺で何者かに刺されけがをしていた
ことが27日、県警などへの取材で分かった。訓練された盲導犬のため刺されても鳴き声を我慢したとみら
れ、犯行場所は未特定。インターネット上で「許せない」との声が相次ぎ、県警は器物損壊容疑で捜査して
いる。≫

 インターネット上の「許せない」の声の広がりが警察を動かした!・・・?
 これは正義だろうか?

 まんだらけの万引き事件では、中川翔子さんがブログに「された側がされた損になる世の中じゃ嫌だな。
意識的に窃盗してる犯人甘やかすことない。盗むって最低。」と書いた。とてもわかりやすい。

 Yahoo!が行った「万引き犯に『顔公開する』と警告、どう思う?」というアンケートには、21万人以上が
回答し(15日11時時点)、その結果は「やりすぎだと思う」が5.5%なのに対し、「妥当だと思う」が91.4
%と、圧倒的多数だった。

 これは正義だろうか?

 「妥当だと思う」人のコメントをみると、

 「そもそも、犯罪を犯す方がおかしい。さらされて当然」
 「不注意やミスで起こした事件とは違って、初めから悪い事と解っていてやっているのだから顔の公開
なんて当然だと思う」
 「反対してる人って自分が万引きしたことある人じゃないんですか?」

 ここには、万引き情報が半永久的に世界中のだれからも見られる状態に置かれた人の、その後の人生
はどうなるか。万引きには全く関係のない、その人の親、兄弟姉妹、甥や姪などにまで広がる可能性があ
る被害や人生への悪影響をどう考えればいいのか。「妥当だと思う」人のコメントにはそういった思慮はま
ったくうかがわれない。

 抵抗しない盲導犬を傷つけることが悪いことは、だれにでもわかる。

 盲導犬の育成や普及を目指す「アイメイト協会」の関係者が「パートナーにとって盲導犬は、心がつなが
り、体の一部と同じ存在。男性が目を刺されたことに等しい事件だ」と言っているそうだが、そのとおりだろ
う。

 だから、警察が重大な事件として理解し受け止めてくれれば、一生懸命捜査してくれるだろうし、目撃者
も協力するだろう。ネット上で「犯人を捕まえて」の輪を広げるまでもない。

 インターネットが「犯人」を追い詰め、掴まえるための監視網になる。それはひとりひとりの人が協力し合
って正義を実現する、素晴らしい、安全安心社会か?

 インターネット上の正義はだれが決めているのか?
 だれだかわからない。

 ネット上の多数意見は正義か?
 大事な問題だから、様々な観点からしっかり議論をする必要がある。ネット上のアンケートの回答者にな
るためにこの前提は不要。おそらく、冷静な議論なんてほとんどだれもしていない。

 ネット上の多数意見が導き出した正義に、だれが責任を引き受けるのか?
 だれもいない。

 正義は暴走する!