「クローズアップ2014」の続き

 毎日新聞記事(平成26年10月30日朝刊)にはフリージャーナリストの常岡浩介氏、
「中東情勢に詳しい」東大准教授の池内恵氏、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏の
コメントが並んでいるのだが・・・。

 北大生に会って話した常岡氏は、北大生の行動の動機は単なる死に場所探しに過
ぎなかった、北大生は中東に特別の関心はなかった
という。
 記事によれば、公安部は、「渡航計画は就職活動の失敗など現状への不満が引き
金になったとみている」とのこと。こんなものは「イスラム国」には関係ないし、私戦予
備・陰謀罪の動機になるはずがない。

 黒井氏のコメントも、奴隷制の肯定などで非難を浴びるイスラム国に加わろうとす
る若者が続出するとは考えにくい」
。私もそう思う。日本で生まれ育ってきた、日本の
若者(男性)が奴隷制を肯定する「イスラム国」へ戦闘員として大挙して出向くはずが
ない。

 これに対して、池内准教授は、「日本の社会になじめない若者が自分の属する社会
を全否定するため、イスラム国のような過激派組織に参加する可能性は今後も否定
できない」
というのだが、北大生の行動からそんな評価ができるだろうか。

 池内准教授のコメントはきわめて抽象的だ。
 「日本の社会になじめない」とはどういうことだ。周りの人に馴染めないと思うことなん
て、だれにだってある。別に珍しいことではない。「日本の社会」なんていう大きな枠で
自分の存在を考えている「若者」がどれだけいるというのか。そういう「若者」は「イスラ
ム国」だったら馴染めるのか。日本の社会になじめないからって、それは日本の社会
を全否定することにはならない。
「今後も」とあるが、北大生の渡航目的がそもそも自
殺願望に基づく死に場所探しでしかなかった。自暴自棄になって自殺願望に取り付か
れた日本人が大挙して「イスラム国」をめざすなんてあり得ない。
 もっとも、池田准教授は「可能性は」「否定できない」と言っているだけだから、「ゼロ
ではないのではないか」と言っているだけなのかもしれない。それだったら、世の中で
起こる大抵のことの可能性はゼロではない。そんな指摘をしても何の意味もない。


 「アルカイダの手法活用」「数ヶ月かけ洗脳も」という見出しの記事があるが、これを
読むと、北大生はますます「イスラム国」から遠ざかる。

 記事によると、「サウジアラビアでは過激派がモスクで十数人を勧誘し、数ヶ月にわ
たる勉強会を開いて洗脳後、戦地に送った例がある」とのことだが、就職活動に失敗し
て自殺願望に取り付かれている北大生にもこの洗脳教育が行われるのだろうか。戦闘
訓練もするだろうが、体力的気力的についていけるのだろうか。とてもそうは思えない。
 中田氏は北大生に「日本とイスラム国の架け橋」になってもらうことしか考えていなか
ったらしいから、洗脳教育のことなど念頭になかったにちがいない。それとも洗脳教育
を受けて「架け橋」になってもらうつもりだったのか。
記事からはわからない。

 記事には、「イスラム国はインターネットを活用した広報戦略を展開」とあるが、「イス
ラム国」はインターネットを使える情報環境にあるのか。
あるのなら、「イスラム国」幹
部のメッセージがインターネット上にどんどん出ていいはずだが、そういうものはない。
虐げられている女性たちや反「イスラム国」の人たちが発するインターネット情報もない。
これらがないのは、「イスラム国」内からインターネットに接続できない環境になっている
からではないか。常岡さんの話では「繋がっていない」そうだ。

 広報戦略は「イスラム国」内から発信されているのではない。「イスラム国」の外にいる
イスラム国」シンパがやっていることだ。でなければ、多くの言語による勧誘映像の作
成は不可能だ。NHKの「クローズアップ現代」でも「イスラム国」外のシンパの存在を取
り上げていた。

 記事では「多言語で情報を発信している」と書いているが、「多言語」の中に日本語は
ない。
記事にはこの点の指摘がない。日本語がないということはきわめて重要なことだ。
イスラム国」の幹部たちにとっても、「イスラム国」のシンパにとっても、戦闘員のリクル
ート先として日本(の男性)は眼中にない
ということだ。

 記事の「戦闘員の主要玄関口はトルコだ」という指摘に、中東調査会の高岡豊・上席研
究員は、「トルコが(シリアとの)国境管理を十分行っていないことが一番の問題だ」と指
摘している。世界地図を見る明らかだが、シリアとトルコは陸続きで国境を接している部
分が長い。だから、ビザのあるなし以前に十分な国境管理なんてできないのではない
か。

 毎日新聞は社会面でも関連記事をトップで大きく取り上げている。
 が、これも???
 「トルコ経由ならばビザなしでシリア入りできること」は、簡単に確認できる情報で、特に
驚くような情報ではない。
 記事には、中田氏は北大生がイスラム教の洗礼を受ける儀式に立ち会ったとあるが、
その後、北大生はイスラム教の戒律を守って生活していたのか。「イスラム国」の戦闘員
として戦い意識も高めていたのか。記事にはなにも書かれていない。

 記事は、警視庁公安部の捜査幹部の言葉として、「(中田氏は)イスラム国の思想に
一定程度共鳴しているから、戦闘員の送り出しに協力したのだろう」と書き、、
続けて
公安部は中田氏が戦闘員のあっせんに積極的に関わっていたとみて捜査している。」

として記事を結んでいる。

 しかし、公安部の捜査幹部の言っている内容は支離滅裂だ。
 記者が中田氏からとったコメントは、「日本とイスラム国の架け橋になってほしいと思っ
た」である。「戦闘員の送り出し」が「日本とイスラム国の架け橋」になるのか。「(中田氏
は)イスラム国の思想に一定程度共鳴している」とあるが、「一定程度の共鳴」とはなに
か。
中田氏の言っていることも、公安部捜査幹部の言っていることも、意味不明だ。
 それでも、記事は「公安部は中田氏が戦闘員のあっせんに積極的に関わっていたとみ
て捜査している。」と、公安部の「捜査」に全く疑問を示さないどころか、完全な旗振り役
になっている。

 特定秘密保護法の「特定秘密」に特定有害活動(別表3号)とテロリズム(別表4号は、
1985年の国家秘密法案にさえなかった。それを特定秘密保護法で実現させたのは公
安だ。)
特定秘密保護法に強く反対しているはずの毎日新聞(現に同じ日の別のページで
青島顕記者が特定秘密保護法のニュース解説「秘密隠し懸念置き去り」を書いている。)
がこういう記事を大々的に書いていいのか。

 警視庁公安部の今回の「捜査」に関するかぎり、毎日新聞は権力監視どころか、権力の
暴走のお先棒担ぎになっている。マスコミがこんな「捜査」を応援してしまうようでは、日
本の公安の実力は下がる一方だ。

 公安の活動は、検察、裁判所、弁護士に日常的にチェックされることがないだけに、
表に出たときの仕事ぶりは厳しくチェックする必要がある。