「殺害」口走る容疑者 注意しても聞き入れず

毎日新聞2016年7月26日 21時30分(最終更新 7月26日 23時39分)
≪やまゆり園によると、植松容疑者は2012年12月に非常勤職員として働き始め、13年4月に常
勤職員となった。当初は熱心に入所者の世話をしていたが、次第に様子がおかしくなったという。≫

見ず知らずの侵入者による殺戮ではない。それどころか、施設のこと、入居者のことを、よ〜く知
っている男の犯行だった。
「当初は熱心に入所者の世話をしていたが、次第に様子がおかしくなった」
これこそがこの事件のポイントだ。
単に、おかしいで済ませてはいけない。
なぜ、おかしくなったのか。

≪元職員の女性(74)は「14年秋ごろ、現役の職員から(植松容疑者が)施設内で入所者に暴力
を振るって困ると相談を受けた」と打ち明ける。≫

現役の職員は、施設の中で相談相手がいなかったのか。
男性が「施設内で入所者に暴力を振るって困る」という事態が生じていたのであれば、職員だれも
がこのことを知っていたのではないか。どう対処していたのか。
男性は、どういうとき、どういう入所者に対して、どういう暴力を振るっていたのか。他の職員はどう
していたのか。

≪今年2月14、15両日に植松容疑者が衆院議長公邸を訪れた際「障害者を抹殺すべきだ」との
内容の手紙を持っていたため、園はすぐさま植松容疑者と面接した。その結果「障害者を守る立場
としてふさわしくない」と判断し、2月19日に自主退職させたという。≫

「障害者を抹殺すべきだ」との内容の手紙。
こういうことを文章に書く人はいないか。こういうことを考える人はいないか。
書いてはいけない、言ってはいけないことを、考える人はいる。
園の人たちは男とどれほど時間をかけてとことん話し合ったか。男の確信を崩さなければならな
い。こういう確信に至った人は、建前的なきれいごとでは納得してくれない。建前ではない、考え
抜いた考えで、男と語り尽したか。

それをしないで、ただ男を追い出しただけでは、事態は改善しない。男は、自分が働いていた施設
の入居者を襲わなかったとしても、ほかの施設を襲ったかもしれない。そうなっていたら、この園の
職員は障害者を守ったことにならない。

監視カメラをたくさん設置すれば入居者の命を守れると考えていたのだとすれば、とんだ的外れの
対策だ。監視カメラは暴走する人には役立たない。それくらいのことを知らないようでは、被害を未
然に防止することはできない。

園が入居者を守れなかった原因を徹底的に分析すべきだ。

≪植松容疑者と親しかったという小中学校の同級生の会社員男性(27)によると、中学時代はバス
ケットボール部に所属し勉強もよくでき、周囲を笑わせることが好きな明るい性格だった。高校は八
王子市の私立高校に進学し「将来は教師になりたい」と語っていた。≫

まあ、ふつうだ。

≪しかし、男性が今年4月に植松容疑者から呼び出されて久々に会うと、「障害者はいらない」「税
金の無駄」と一方的にまくしたて、「一緒に殺そう」と誘われた。その発言を否定すると逆上したと
いう。事件の2日前の24日にも電話が掛かってきたが出なかった。男性は「まさか本当にやるとは。
信じられない。これはテロだと思う」と憤った。≫

発言を否定すると逆上。
男性は思い詰めて真剣に相談したとすれば、それを一般的な常識論で否定されたら逆上するのは
当然だ。これでは対話は成立しない。

≪1年半ほど前から植松容疑者が通っていた理容室の男性店長(44)にも「養護学校の教師にな
りたい」と語っていたが、今年3月に来店した際は「意思疎通ができない重度の障害者の人は生き
ていてもしょうがない」と突然言い出した。男性が「人を助ける仕事をしたいと言っていたのにいつ
変わったの?」と尋ねると「最近です。神からお告げがあった」と語ったという。≫

神からのお告げがどこまで本気かはわからないが、「意思疎通ができない重度の障害者の人は生
きていてもしょうがない」という考えは、だれの心の中にも濃淡の差はあれ、存在しているかもしれ
ない。
そういう意味では、決して異常ではない。だれもが自分のやましさを認めるべきだ。そうしない
と、自分と価値観の違う人、かけ離れている人との対話はできない。

相模原市の入れ墨師の男性(47)は約半年前、知人の入れ墨師のスタジオで偶然、植松容疑者
と出会ったという。植松容疑者はこの知人に入れ墨を彫ってもらい、見習いとしても働いていた。男
性によると、園を退職後、しばしば知人に「障害者を殺してやる」と口走っていた。注意しても聞き入
れず、知人は植松容疑者との交流を断った。男性は「何が背景か分からないが、弱い者いじめはい
けない」と語気を強めた。≫

だれもが建前でしか話していなかったのではないか。施設の現実、重度障害者の現実を日々、目の当たりにした男性は、この現実を一気に「解決」したい
と思った。そして、解決方法をひとりで考え続け、ひとつに絞り込んでしまい、実行した。だれも、男性
と並んで同じ景色を見ながら、他に選択肢がいろいろあることを示すことができなかった。そういう事
件ではなかったか。