元首相の警備体勢のどこが問題だったかを考える
7月8日、安倍晋三元首相が銃で撃たれる事件が発生した直後から、その場面のスマホ動画がテレビでもインターネットニュースでも流れていた。
画面では、元首相が応援演説をしているところから始まり、1回目の爆発音(発射音)が聞こえ、元首相が後ろをふり返り、直後2回目の爆発音(発射音)が聞こえた瞬間、画面が大きくブレ、安倍元首相は画面に映らなくなった。
もう少し広い範囲が映っている画像では、元首相のすぐ後ろにいた人たちも一斉に後方を振り向いている。そして元首相が倒れたのを見て、近くの人たちが駆け寄り、安倍元首相を撃った男に駆け寄って捕まえる人が1人、2人。
俯瞰した場面を見て驚いた。元首相の背後がガラガラに空いているのだ。背後から狙われる。で、元首相の警備はどうなっていたのかがとても気になった。
9日朝刊の毎日新聞で、警備経験が豊富な現職の警察幹部が「演説の映像を見た限り、制服警察官が少なく、不審者が近寄れるスペースが広く空いていたように見える。通常なら考えにくい。」と言っているが、まったく同感だ。
そして、記事には、「街頭演説における警護の場合、一般的に候補者の前方に集まった聴衆に過激な抗議者がいないかを重視する。」とあるが、この「重視」がそもそもの間違い。前方にいる「過激な抗議者」は、ヤジるか、批判的な横断幕を出すか、卵を投げつけるかくらいのことしかしない。講義された側の命には別状はない。こういう輩は放っておくか、主催者が制止を求めれば足りる。警察が出る必要はほとんどない。
問題は背後だ。
記事は、「後方にスペースがあれば、警戒する警察官を多く配置して不審者の接近を阻止するのが不可欠だ。『隙間をつくらないのが警備の基本なのに』と警察幹部は今回の対応に首をかしげる。」とある。
駅前の歩道と応援演説をしていたスペースの間を車が走っていたから、ここを警備で埋めることはできなかった。それは仕方ない。しかし、それで背後の警備はいらないかとなると、そうではない。日本は拳銃の所持が法律で禁止されているから背後から拳銃で撃つ人はいないという前提で警備を考えていたのだとすれば、何ともおめでたい。警備としての実を成していない。目的を達成するためにどこかで拳銃を手に入れる人はいる、と考えた方がよい。現に、2010年11月、秋田市内で起こった弁護士刺殺事件では犯人は暴力団関係者でもない高齢者だったが、手にいれた拳銃で弁護士を撃とうとした場面があった。
拳銃で撃たれる可能性を考えると、車が走る道路を挟んだ歩道側に警備は必要だった。
奈良県警はここにどれほどの人数の警察官を配備していたのだろうか。
それと警備警察官が向いている方向が問題だ。
警察官は全員、元首相を背にする姿勢で周囲を監視していたか。警察官の役割は不審者の発見と、その者が危険な行動をとらないかどうかを判別し、制止することにあるから、全員が元首相を背にして周囲の人々を見ている必要があった。
歩道でこの警備をしていれば、今回の事件の被疑者が何か大きな黒い物を持っていることに気づき、犯行を開始する前に声を掛けることも可能だったかもしれない。
1発目は元首相に当たらなかった。2発目の前に被害を防ぐことはできなかったか。
1回目の爆発音(発射音)が聞こえ煙が立ち込める。2秒ほどして2回目の爆発音(発射音)。この2秒間に警察官は何をしていたのか。
1回目の爆発音の直後に元首相に体当たりして伏せさせた警察官はいなかった。それは柵の中に警察官がいなかったからだったのか。元首相のすぐ背後に歩道側を向いている警察官がいれば、真正面で起こった異常事態に反応して、元首相をその場に倒す動作をしたに違いない。そうすれば、元首相は転んだ怪我だけで済んだ。
しかし、残念ながら、そこにはそういう警察官がいなかった。
そうだとしても、歩道にいて元首相に背を向けて通行人を監視していた警察官は、目の前にいる被疑者が拳銃を構えるのをみて止めるか、1発目を撃ったところで飛びついて止めるかしていれば、2発目の発射はなく、元首相は死亡どころか怪我も免れた。いや、目の前の警察官にずっと見られている被疑者は撃とうとすることさえできなかったのではないか。