よくできているのかもしれないが、こどもデータ連携ガイドライン(素案)

 先月、こども家庭庁が募集していたパブコメに、こどもデータ連携ガイドライン(素案)というのがあった。いじめや貧困など問題を抱えていても救いの手が届かない、そんな子どもたちを、自治体の関係組織が連携して助けよう、そのために子どもたちの個人データを連携して使おうというもの。「SOSを待つことなく、プッシュ型・アウトリーチ型の支援につなげることを狙いとする」のだそうだ。

 (素案)は全体的にみて、事案に対応できそうな大人の組織やグループが子どもの個人データを共有することで、これまでの分断されていた関係よりも問題解決をしやすくできるはずだという考え方で作られている。それ体はこれまでの分断関係よりもよい方向に向かう可能性を感じさせなくはない。

 しかしこれが解決の主要な手段になるか、していいかは大いに疑問だ。

 データ連携は便利なようでいて、初歩的な問題が常につきまとう。入力したデータが正確かつ最新かつ十分になっているか。不正確でも古くても不十分でもデータを読んだ人は判断を誤る。いくつもの組織がデータ連携する場合、正確かつ最新かつ十分という要件は全国で常に充たされ続けるという保証ができるか。無理だろう。

 「SOSを待つことなく」ということは、役所が先回りをしているということ。子どものデータを常に集め、共有しているから、子どもが困っていることを相談するようになる前に救いの手を差しのべる。子ども全体を監察(監視)対象として位置づけている。子どもは大人の監視対象。それでいいのか。

 専門家の大人たちが情報連携して解決する仕組みを充実させてしまうと、子どもは大人に頼っていればよいという客体になってしまい、自分で考えて解決してゆかなければならないという主体性は育たない。 

 子どもの世界で日々起こっていることは子どもたちこそがよく見ていて、よく知っている。大人が気づかないうちに子どもたちが解決することは無数にある。子どもたちだけの力では解決できない問題は、大人に相談したり協力してもらったり、大人に解決してもらうしかないこともある。それでも、何でも最初から大人に任せるのではなく、自分たちにできることはできるだけ自分たちでする。そういう主体性を育てることこそが最優先課題なのではないか。