弁護士の弁解

 「全聾の作曲家」のはずの佐村河内守氏が、作曲をしておらず、実は耳が
聞こえていた。そんな暴露記事が掲載された週刊文春が発売される直前、
新垣隆氏(桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)が記者会見をした。
 そこで新垣氏は、これまで佐村河内氏が作曲したとして公表されてきた
作品は自分が作曲したものであることを説明するとともに、「佐村河内さんが
耳が聞こえないと思ったことはない」
と発言した。

 「全聾の作曲家」を「売り」にして(?)(そこを「買い」にする人たちが
たくさんいるからなのだけど)人気を博していた佐村河内氏としては、当然、
すぐに釈明しなければならない。どういう釈明をするのかと思ったら、本人は
出て来ず、代理人を称する弁護士だけが出てきた。弁護士がそれなりの説明を
するのかと思ったら、「聴覚障害者2級の障害者手帳を持っている」「自分も
聞こえていない印象を持った」
という趣旨の話だけだった。

 「甘い」「すぐに破綻する」この説明を聞いてそう思った。
 「聴覚障害者2級の障害者手帳」の存在は決定的な理由にならない。障害者
手帳の交付に先立って障害の種類や等級についてどこでどれほど厳密な検査を
しているのか知らないけれど、最初からごまかして障害者手帳の交付を受けて
いるかもしれないし、仮にある時期に「聴覚障害者2級」の状態があったとし
ても、その状態が固定しているかどうかわからない。

 ここでは全聾かどうかがきわめて重要な立証課題になっているのであるから、
本人だけでなく、家族や友人など佐村河内氏の周辺にいる人たち幾人にも事実
確認をすべきだ。早急に真相を明らかにした上で、明らかになった事実を前提に、
佐村河内氏をどう守るかを考え、実行すべきだ。
 それをしないで、「聴覚障害者2級の障害者手帳を持っている」「自分も
聞こえていない印象を持った」と公表してしまうと、弁護士も騙されている
のではないかという疑いを受けてしまい、以後、その発言の信憑性が低くなり、
佐村河内氏の代理人として本人を本当の意味で守り続けることが出来なくなる。

 弁護士は依頼者のために働く仕事だが、それは依頼者の言いなりになること
ではない。
依頼者を厳しく問い詰め、依頼者を怒らせることがあったとしても、
「事実を知っておかないと、本当のあなたの味方にはなれない」ということを
理解させるべきだ。

 今回の場合、佐村河内氏の依頼が急で、弁護士としては準備期間がほとんど
なかったのだろう。それでも、その場凌ぎではない、先を見据えた説明ができる
必要があった。大変なことだが、それが弁護士の仕事だと思う。