被疑者を捕まえるつもりがない公開捜査の怪!

 今日、提訴から3年9ヶ月。盛岡地裁で、岩手県警警察庁を被告とする国賠
訴訟が結審した。
 原告は、公開捜査の対象になっている殺人事件(被害女性が何者かに首を絞め
られて殺害された)の被疑者の父親。
 わたしは原告の代理人
 父親の請求は、息子を警察が疑うなら逮捕するのはいい、指名手配にするのも
いい、しかし公開捜査(公開ポスター、懸賞金広告、HPでの公開)は止めてほ
しい、
というもの。公開捜査の差止請求事件だ。

 捜査は密行性が原則。
 警察が犯人と目星を付けた人(被疑者)をすぐ公にしたら、その人はどこかに
隠れてしまい、掴まえにくくなる。ずっと掴まえられないかもしれない。切羽詰
って、次の犯罪をおかすかもしれない。だから、警察がだれを犯人として追って
いるかは、世間に教えない。

 逮捕状は、裁判官が「この人を捕まえて(取調べをして)いいですよ」という
ことで出す文書で、被疑者の名前や顔写真を公表していいと言っているわけでは
ない。

 指名手配は、事件を担当している県警だけでは手におえなくなって、他の都道
府県警察に捜査の協力をお願いすることで、これも公開しないことを前提にして
いる。
 指名手配するかどうかは、警察が自分で判断することで、裁判所・裁判官は関
与しない。

 公開捜査は、「警察だけの力ではもはや被疑者を逮捕できない。あとは国民の
協力を得るしかない」と警察が判断したときに行うもの。これも裁判所・裁判官
は関与しない。

 マスコミ用語では、これが「指名手配」と呼ばれているが、公開捜査が正しい。

 公開捜査の対象になる被疑者は、もちろん有罪判決を受けているわけではない
から、無罪推定(有罪判決が確定するまで無罪と推定するという考え方)を受ける。
 だから、公開捜査で国民に探してもらうのは、犯人ではなく、警察が犯人だと
考えている人ということになる。

 しかし、警察が対象者の名前も顔写真も公にして、「この事件でこの人を探し
ています」とやったら、ふつうの人は「ああ、この人が犯人なんだな」と受け止
めてしまう。理論上は無罪の推定を受けている人なんだと言ったところで、意味
はわかってもらえないだろう。
 しかも、岩手県警は最初、「犯人逃亡中」「17歳(当時)の少女を殺害した
犯人です。」「犯人を全国に指名手配し追跡捜査中」「犯人発見にご協力を!」

と、ポスターに大書していた。裁判を起こされたら、途端にこの表記を止めた。

 少数ながら、無罪推定を受けている人なら公開捜査はおかしいだろう、と思う
人もいるだろう。

 そのとおり。
 だから、警察庁、『被疑者の公開捜査について』という通達で、公開捜査を
していい要件を厳しく設定している。

 「指名手配被疑者であること」という要件がある。全国の警察を総動員して被
疑者を探しても被疑者を見つけ出すことができないという捜査機関としての限界
に達し、全国の一般の人々の協力に頼るしか最早打つ手がないという状況を指し
ている。

 岩手県警は、裁判官の逮捕状が出たときに合わせて、指名手配と公開捜査を同
時にスタートした。指名手配の努力をまったくしていない。

 ただ、これには但書があって、「凶悪犯罪の被疑者であることが明白であり、
かつ、犯罪反復のおそれが極めて高い場合で、急速を要し、指名手配をするい
とまがないときは、この限りではない。」
としている。

 「凶悪犯罪の被疑者であることが明白であり」というのは、単に警察が犯人で
はないかと疑っているだけでは足りず、「明白」、つまり、起訴されれば確実に
有罪にでるだけの証拠が揃っていることを要求している。

 そして、「公開捜査を行っての誤手配は、関係者の名誉等を著しく侵害するこ
とから、改めて指名手配事実の疎明資料を検討するなど、慎重に対応し、誤手配
の絶無を期すこと。」
と明記している。
 警察庁は、誤手配が、「関係者」、被疑者だけでなくその家族の名誉等を著し
く侵害することを知っている。だから、「誤手配の絶無を期すこと」としている。
「絶無」、誤手配は絶対あってはならない。それだけ周到な準備をしなければい
けない、としている。

 ところが、この裁判の事案では、疑問だらけ。岩手県警がどうして犯人と判断
できるのか、未だに理解できない。被疑者の両親に、警察は「総合的に判断して、
息子さんが犯人ということになりました」としか説明していない。

「犯罪反復のおそれが極めて高い場合」でなければダメとしている。

 この事件の被疑者は、右手に大怪我を負っていて、片手しか使えない状態で失踪。
とても自然に治る怪我ではない。犯罪の反復は不可能だ。

 だから、岩手県警が決めて実行している公開捜査は、警察庁が作った公開捜査の
要件を充たしていない。

 それを裁判で指摘しても、岩手県警は「適法だ」と開き直る。それだけでない。
警察庁までが、「要件を充たしている」と言い張る始末。自分たちのつくったルー
ルさえ守らない。これが日本の警察の現実だ。

 もっと驚くのは、逮捕状が出たと同時に公開捜査をしていながら、被疑者を捕ま
える気がさらさらないことだ。

 まさかと思うだろうが、本当だ。
 被疑者は鵜の巣断崖という観光地で姿を消している。ここは人影が普段から少な
く、周辺には人家がない。被疑者の行方を探すのに、警察犬を出すことが役に立ち
そうだ。そう思った父親が警察に「警察犬を出して探してほしい」と言うと、警察
官は「お父さん、警察犬は有料なんです。お金が払えますか」と言ったという。全
くの嘘だ。これが本当なら、探す気がないということだ。

 この点を置くとしても、被疑者は右手に大怪我をしているから、ちょっとした仕
草で、右手が使えないことが目立つ。
 岩手県警が、すぐに県内や隣接県の医療機関に「右手の大怪我で治療を受けに来
た者がいないか」と問い合わせれば、行方を探す有力な手掛かりになったはずだ。
が、それをしていない。それどころか、公開捜査のポスターに右手の怪我のことを
書いていない。警察庁の通達では、身体的特徴を書けとなっている。その方が一般
の人に探しやすいからだ。他の公開捜査ポスターは皆そうなっている。それがこの
事件のポスターだけはそうなっていない。

 原告や被害女性の遺族などが連名で岩手県警に捜査協力の申出をしたが、岩手県
警は公開捜査をしていながら、だれからも事情聴取をしない。

 なぜ、こんなことが起こるか。
 理由は単純。警察の面子を守るためだ。
 実は、最初に殺された女性は、被疑者とされている男性が発端となっているトラ
ブルに巻き込まれて、被疑者を追い詰めていた男たちに殺害された可能性がある。
被疑者は自分のことで警察署に相談していて、警察署では被疑者を脅して側に強制
捜査をしようとしていた。その直前に女性が殺された。
 警察はすぐに男性を呼び出して、知っている事情を聞き、必要があれば、男性が
第二の被害に遭わないよう対応すべきだった。
 しかし、これも放置した。そして所在不明。同じグループに殺害されていることは
ほぼ町がない。
 この経過が明らかになれば、岩手県警は捜査ミスのために相次いで2人の人を死な
せてしまったということになりかねない。
 失踪した被疑者(ほぼ確実に殺害されている)が女性を殺害したことにすれば、
「わたしは殺していません」と出て来るおそれがなく、警察として犯人を特定できた
ことで捜査を終わりにできる。
 被疑者は絶対に姿を現さないから、岩手県警の捜査ミスは暴かれることはない。
 それを警察庁も手伝うという構図。

 原告には、妻と、二男、三男とその妻子がいる。被疑者の子どももいる。子どもたち
は10歳から2歳。
 原告はこの人たち、特に小さな孫達の将来のために裁判所に暴走する公開捜査を止め
てもらいたいと願っている。

 判決は、4月11日(金)。
 警察庁がつくった『被疑者の公開捜査について』を裁判所がしっかり理解してくれさ
えすれば、原告の思いはきっと実現するはずだ。
 裁判所までが暴走するようでは困る。
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