秘密保護法の運用基準(案)を考える

 秘密保護法の運用基準(素案)や関係政令(素案)についてのパブリックコメントに23,820通もの意
見が集まった。その通数もさることながら、その内容も単なる「賛成」「反対」ではなく、疑問点や改善す
べき点などを具体的に指摘したものが多かった。制度の運用基準などあまり関心を持たれないのでは
ないか、意見が集まったとしてもせいぜい100とか200くらいでないかと思っていただけに、本当に驚
いた。
 8月中旬頃から、情報保全諮問会議事務局が集まった意見を整理して送ってくれ、その内容を読んで
いた。法律がすでにあるのでその枠内でできることには限界があるが、もっともっと検討しなければなら
ないことがあると自覚させられた。
 今日、諮問会議としての案を議論した。案を政府に示しているが、これを今後、実施機関側に示して微
調整が行われ、場合によってはその内容を情報保全諮問会議のメンバーにも見せてもらい、意見を言う
ということも行われるだろう。その意味では完成版を提出したことにはならない。

 わたしが今日の諮問会議で指摘したのは以下の点だ。

報道・取材の自由との関連について
 陸上自衛隊情報保全隊に関する訓令の第2条第1号では、「情報保全業務」について「秘密保全、隊
保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務をいう。」と定義
しているところ、仙台高裁平成24年(ネ)第266号等事件における元情報保全隊隊長の証人尋問では、
情報保全隊の任務として、外部からの働き掛けがあれば情報保全隊の監視対象になるという証言がな
された上で、報道機関による取材は外部からの働き掛けに該当するかという質問に、広報を通じて申し
込むものが取材であって、それ以外の働き掛けは取材ではない
と証言している。そのため、広報を通し
ていない取材を行うことは、情報保全隊の監視対象になる。その他、駐屯地の騒音について苦情の電
話を入れること、自衛隊について全く触れないで政党が街頭宣伝をすること、スーパーマーケットの前
反戦平和の歌を歌うこと、労働組合春闘で街頭宣伝をすること、プロレタリア作家の展示会を開催
することなども、外部からの働き掛けとして、監視対象になり得ると証言している(平成25年5月13日
第4回口頭弁論期日)。
 ※平成25年7月1日(第5回)、10月28日(第6回)、平成26年2月第7回)
 特定秘密保護法22条では、「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮し
なければならない。」(1項)、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を
図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当
な業務による行為とするものとする。」(2項)と規定し、運用基準(案)の基本的な考え方でも、報道・取
材の自由を尊重すべきことを詳しく書いているが、特定秘密保護法及び運用基準(案)の下でも、上記
証言内容は維持されるのか。維持されるのであれば、その場合の理解は、監視対象にはするが、取材
や報道を妨害することはしないということか。どのように理解すればよいのか。上記証言内容を今後修
正するのだとすれば、どのように修正するのか。
 陸上自衛隊情報保全隊に関する訓令の内容は、国民等のプライバシーに関わる部分があるから、
法律で規定すべきである。


公文書管理条例の制定の必要
 情報保全は、公文書管理制度と情報公開制度を基盤としている。国が管理する情報については、公
文書管理法と情報公開法があるのに対して、都道府県では、全都道府県で情報公開条例を制定してい
るものの、公文書管理条例は未制定のところが多い。都道府県警察が管理する情報は都道府県公文
書管理条例によって管理されるべきであるから、早急に全都道府県において公文書管理条例を制定
し、実施機関には警視庁、道府県警察を入れるべきである。


非公知性の判断について
 基準(案)では、「非公知性の判断は、現に不特定多数の人に知られていないか否かにより行うもの
とする。」としているが、「現に不特定多数の人に知られていないか否か」は事実の問題である。どのよ
うに判断するのか。これを認定できないと言い張れば、実際と異なり長期間にわたって「現に不特定多
数の人に知られていない」とされる状態が続くことになる。このような現実とのズレは、現実を直視しな
いものであって、情報保全にふさわしくない。
 不特定多数の人に知られてしまうおそれのある状態かどうかが基準とされるべきである。

 情報公開請求に対する公開について、「コメントに対する考え方」では、公表の場合は非公知性が
失われるが、そうでない場合には特定秘密との同一性の判断などが必要になると書き分けているが、
両者を区別すべきではない。
 公表の場合であっても、事前に日本政府の了解をとるとは限らないし、特定秘密に指定された文書
(情報)と同一範囲で公表されるとも限らないから、どの範囲で秘密指定を解除すべきか、これに合
わせて周辺情報についても指定解除すべきかなどが問題になる。

 情報公開請求に対する公開(開示)決定は、公表が政府主体でなされるのに対して、外部からの
要求を受けて政府が対応するもので情報の出し方について受身になっていることが異なるが、政府
が管理している情報を外部に出すという点では同じである。政府が管理している特定秘密を外部に
出したとき、公表でも公開でも、日本政府の対応の仕方は同じであるべきである。

 また、いずれの場合にしても、迅速に判断し対応すべきである。沖縄密約に関する政府の対応のよ
うに、長期間にわたって実際に反する否認や沈黙を続けるようなことは、国民を欺くことにはなっても、
国際的には秘匿性を維持することにはならないから、すべきではない。


通報の仕方/「要約」は必須か
 運用基準(案)では、「取扱業務者等は、特定秘密である情報を特定秘密として取り扱うことを要しな
いよう要約して通報するなどして、特定秘密を漏らしてはならない。」としている。特定秘密は、紙に書
かれた文字や電子データ化されている情報に限らない情報それ自体なので、通報者は「要約」に失敗
すると、漏えい罪(過失犯か?)として処罰されることになる。失敗による処罰や懲戒処分などのリス
クを背負った上で通報しろ、という指示は、危険な目に遭いたくなかったら通報するなと指示している
のと同じではないか。これは通報禁止である。

 通報先は、行政機関内の担当部署、内閣府独立公文書管理監、(情報監視審査会)に限定されてお
り、かつ、特定秘密を取り扱うことがあることを想定している部署であり、そこでの取扱者については適
性評価を実施するほか必要な措置を講じるなどすれば、秘匿性を維持し、それ以上外部に情報が出る
危険性も回避できるのであるから、情報保全の仕組みがない報道機関等外部への内部告発とは明らか
に異なる。これらの機関への通報については、通報者にリスクを負わせるべきでない。報道機関に内部
告発する場合と同じリスクを負わせたのでは、報道機関への内部告発を優先する可能性を高めること
になりかねない。
 行政機関内の担当部署、内閣府独立公文書管理監、(情報監視審査会)への通報については、通報
方法を特に制限すべきはない。「この場合において」以下は削除すべきである。
 仮に、「この場合において」以下を維持するのであれば、(ア)の5〜6行目「特定秘密である情報」は、
「特定秘密に指定されている情報」とすべきである。なぜなら、通報者は、法律上の3要件のいずれか
を充たしていない情報が特定秘密に指定されていることを問題にしようとする場合があるのであるから、
「特定秘密である情報」と書いてしまうと、最初から、特定秘密の指定に誤りはないと結論付けているこ
とになってしまい、通報制度を否定することになる。


通報者の保護
 護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺事件の裁判は異常な展開だった。被告国の指定代理人のひとりが、原
代理人に、「自衛隊は原告側にいくつかの文書を「ない」と隠している。相談したい」という匿名の手
紙を送って来た。これをきっかけに、いじめ自殺直後に、自衛隊が全乗員に対して行った「艦内生活実
態アンケート」190通
(いじめの目撃状況も多数あった)は、裁判の段階では、被告国の主張では「廃
棄済み」のはずだったが、被告国の指定代理人はそれが虚偽であることを知っていた。
 そのうちの一人が虚偽主張を維持することに耐えられなくなり、原告代理人にその存在を知らせた。
被告国は隠し切れなくなり、上記アンケートを書証として提出することになったが、「隠したのではなく、
文書管理が不適切だった」
と説明し、自らの非を認め謝罪するようなことはしなかった。他方で、原告
代理人自衛隊が重要な資料を隠していることを知らせた三等海佐については、「職務上で得た文書
のコピーを任務終了後も保管している」として、懲戒処分のための手続を開始した。(後日、小野寺防
衛大臣は「手続は中止する」と表明し、中止になった。)
 不正な情報隠しをした側がだれも処分されず、組織的な隠ぺいを原告代理人に知らせた三等海佐
ついては、原告代理人に知らせた(漏えいした)ことではなく、「職務上で得た文書のコピーを任務終
了後も保管している」点をとらえて、懲戒処分手続を進めていた。
これでは、不正な情報隠しに加担し
続ける者が保護され、これを軌道修正させようとした者が処分されることになり、不正隠しが組織体質で
あれば、組織体質を守るためには効果的だが、不正隠しを今後止めさせることには逆行している。
 情報隠しをした者と修正しようとした者がこのように処遇され、修正しようとした者がこのような理由で
懲戒処分されることが是認されるのであれば、特定秘密の通報に問題を置き換えた場合、特定秘密の
要件を充たさない情報を特定秘密に指定することが横行し、これを正そうとする者が、「職務上で得た
文書のコピーを任務終了後も保管している」などの理由で、懲戒処分を受けることになったとしても、「
通報をしたことを理由として不利益な取扱いをしてはならない」という運用基準には反しないことになる
のか。確かに、「職務上で得た文書のコピーを任務終了後も保管している」ことは手続違反には違いな
いが、それよりも特定秘密に指定すべきでない情報を特定秘密に指定したことの方が遥かに問題は重
大ではないか(秘密指定したかどうかも疑問)。「通報したことを理由として」とすると、「通報したこと」以
外の理由を挙げさえすれば懲戒処分などをしてよいことになりかねない。労働事件ではよくあることで
ある。それでは、実質的には通報したことを理由に懲戒処分をすることができてしまう。これをさせない
ためには、「通報したこと及びこれに関連する事情を理由として」に広げる必要があるのではないか。