学校と警察の情報連携の危うさ

毎日新聞 3月14日(土)7時10分配信記事のタイトル
≪<非行情報共有>警察と協定、53教委…川崎は未締結≫

 このタイトルに毎日新聞の結論はすでに出ている。学校と警察は非行情報を共有
すべきだ。
 そうだろうか?

記事には
≪児童生徒の非行や犯罪を巡り、各都道府県警との間で当事者らの名前や事案の
概要を共有する協定を結んでいるのは、全国67の都道府県・政令市の教育委員会
のうち、53教委だったことが文部科学省の緊急調査で分かった。未締結は関西・中
国地方で目立ち、多摩川の河川敷で先月20日、中学1年の上村(うえむら)遼太さ
ん(13)が殺害される事件が起きた川崎市の教委も締結していなかった。協定があ
れば、警察側が事件につながる非行情報を把握できた可能性もあり、文科省は月内
にも各自治体に対し、協定締結などの連携強化を促す方針。≫
とある。

 「協定があれば、警察側が事件につながる非行情報を把握できた可能性もあ(る)」
ということで、文科省が出した「各自治体に対し、協定締結などの連携強化を促す方
針」は、短絡きわまりない。

 文科省の緊急調査の内容について記事では、
≪警察との連携を巡っては、全国の小中高校の97%が、それぞれの地元警察署と
任意組織の「学校警察連絡協議会(学警連)」を設けている。≫

 ずいぶん高い割合だ。

≪しかし個人情報保護の観点から情報のやり取りが匿名だったり、事案ごとに対応
が異なったりする面があり、川崎の事件でも発生約半月前にあった学警連の会合で
上村さんの不登校情報は報告されていたが、匿名だったこともあり、警察側による特
段の対応は行われなかった。≫

 川崎市の市立学校の児童生徒の個人情報は川崎市個人情報保護条例に基づいて
収集、利用、第三者提供しなければならない。神奈川県警は神奈川県個人情報保護
条例に基づいて運用されている。情報連携をするにしても、双方の条例に基づかなけ
ればならない。だから、学校内、警察内で情報を利用するようには簡単ではない。

≪これに対し、協定は非行や犯罪に関わった児童生徒の実名や事案の概要を共有
するのが特徴。横浜市教委が神奈川県警と04年に結んだ協定によれば、逮捕事案
のほか、児童生徒が非行グループに入り、対応が必要な事案などを対象として、名
前や事案の概要を共有することを規定している。≫

 「協定は非行や犯罪に関わった児童生徒の実名や事案の概要を共有する」とある
が、これは協定の特徴ではない。協定は法律でも条例でもないから法的効力はない。
法律や条例の解釈として許容される範囲のルールでなければ、法律違反、条例違反
になる。
 協定を結べば、児童生徒の実名を出していいという理屈はどういうことなのだろうか。

文科省によると、同様の協定を結んでいる教委は47都道府県教委のうち39。最も
早かったのは02年の宮城県で、締結していないのは8県。このうち長野▽滋賀▽奈
良▽島根▽山口−−の5県は覚書や申し合わせなどの形で協定に準ずる運用をして
いるという。≫

 覚書や申し合わせも法的効力がない点では協定と同じ。

≪一方、20政令市教委で締結していないのは川崎、大阪、堺など6市。川崎市教委
毎日新聞の取材に対し、「研究はしていたが、個人情報保護条例と市が独自に定
める『子どもの権利条例』の二つの条例との整合性をクリアしなければならず、慎重
にならざるを得なかった」などと説明している。≫

 慎重な態度は条例解釈として正しい。その枠の中で、だれがどうすればよいのか
を考えるべきだ。

 しかし、学校と警察の情報連携が必要だと考える人たちは、条例解釈としてそれが
正しいとしても、このままでは今回のような事件を未然に防ぐことができないのではな
いか、学校と警察が一部の児童生徒の非行や犯罪について情報を提供しあえばこそ、
学校も警察も早めに問題を察知して、大事件になる前に問題が発覚して事件の発生
を止めることができるかもしれない、という願望を抱く。

 抽象的な考え方としては理解できる。
 しかし、ここには大きな落とし穴がある。少年側の視点から考えるとかなり胡散臭い
のだ。

 少年は学校と警察が自分のことについて自分に内緒で情報を提供しあっていると
知った途端、学校の先生を警察の手先、スパイだと想うようになり、先生に心を開か
なくなる。先生を信じなくなった少年立ちはますます粗暴になり、学校に出て来なくな
るだろう。どうせ学校から追い出すつもりだったのだからそれでいい、ということなの
か。でも、それって、教育の敗北ではないか。

 今回の事件は、学校の外で付き合っている少年たちが学校の外で起こした事件だ。
しかも、加害者側の少年はリーダーが定時制高校生で、あとの2人は高校生ではな
かった。だから、学校にはこの少年たちの行動はとても把握できる状況ではなかった。

 今回、威力を発揮すべきだったのは警察だ。
 少年事件を扱うのは警察の生活安全課。地域の外回りをするのは地域課。ここの
警察官たちが、学校に行かないで街中をたむろしている少年たちとふだんから親し
く声をかけいろいろ話をしてくれれば、少年たちは、理解のない親や学校の先生よ
りも警察官に信頼を寄せるようになっていたにちがいない。

 学校に行かないでたむろしている少年たちはタバコを吸っていることがよくある。
未成年の喫煙は法律で禁止されている。それは子どもの健康を考えてのもので、罰
則が適用されるのは子どもにタバコを勧めた大人だけ。なのに、学校にばれたら少
年は停学か退学。人生の一大事だ。だから、学校には知られたくない。タバコを吸
っているところを見かけた警察官が学校にチクらないでくれたら、少年は大助かり。
警察官と少年の信頼関係はさらに深まる。

 警察官が街中にいる少年たちと親しく話をする。そうすることだけで、重大な犯罪
の発生を未然に防ぐ活動になっている。学校と警察がどういう場面で少年の情報を
交換し合うべきかは、もっと慎重に考えるべきだ。