言葉の力

週刊ポスト2016年1月1・8日号
≪2016年、日本プロ野球は3人の新人監督を迎える。高橋由伸(巨人)、金本知憲阪神)、
アレックス・ラミレス(横浜)の各監督だ。≫

3人とも飛びぬけて優秀な選手だった。そのことは認める。が、監督になる、ということだと話
は別だ。マスコミ報道はこぞって盛り上げムードだったが、そうなのか。野村克也でなくても、
疑問を感じる人は多いのではないか。

野村氏、曰く、
≪はっきりいわせてもらう。日本の球界はいよいよ人材難の時代になった。監督の「器」を持
つ後継者が育っていないことがよくわかる。三度目の就任となる梨田昌孝楽天)はまだマシ
なほうとして、高橋? 金本? 球界の今後が心配で仕方がない。≫

同感。

野村氏、曰く
≪まず良い監督の条件とは何か。プロ野球は勝利至上主義、結果主義の世界だから、勝て
る監督であることは言わずもがなだが、それを除けば一つしかない。信頼、信用されること
だ。

どういうことか。

≪「信」は万物の元をなす。選手がいかに監督を信頼、信用しているか。これがなければチ
ーム作りなどできるわけがない。
自分の会社に置き換えて考えてもらえばわかると思うが、
トップに信頼がなければ仕事はうまく回らない。それと同じことだ。≫

それはそうだ。

≪その信頼を得るのに重要なのが「言葉」である。リーダーは人の前できちんとモノが言え
る人物でないといけない。選手が聞いて感心し、納得するような言葉を持つ者こそが、選
手から信頼・信用される良い監督なのだ。≫

そう、言葉なのだ。

≪私は現役時代から「言葉」にこだわってきた。ヒーローインタビューやマスコミの取材は、
自分をアピールするいいチャンスだと思って取り組んだ。≫

そうだったのか。

≪球界も結局は、出身大学やその派閥がモノをいう学歴社会だ。田舎の高卒で、しかもテ
スト生で入った私が将来監督になれるなどとは思ってもいなかった。だから引退後は解説
者としてなんとか球界に残りたいと思い、どの評論家にも負けないような解説をしようと思っ
た。特に球界に携わる者なら誰でも見ている「日本シリーズ」のテレビ解説者として呼んでも
らった時には、張り切ってやったものである。≫

そうだったのか。

≪そうして一生懸命頑張っていればわかってくれる人がいる。こんな私の姿をある人が見て
くれていた。≫

そう、そういう人っているんですよね。

≪あれは1989年のオフのこと。いきなりヤクルトの相馬和夫社長がやってきて「監督をやっ
てほしい」といわれた。私はパ・リーグの人間だからセ・リーグの野球は知らない。何故私な
のですかと聞くと、「野村さんの解説を聞き、新聞の評論を読んでこれが本当の野球だと感
心した。うちのバカどもに本物の野球を教えてやってほしい。チームがうまく行かなければ私
も責任を取る」といってくださったのだ。≫

へえ、そうだったんだ。

≪これが就任の決め手となった。結局、優勝させるのには3年かかってしまったが、見事優
勝した時には相馬社長が飛んできて私の両手を握って放さなかった。その感触は今でも忘
れられない。私がヤクルトの監督になったのも、解説という「言葉」がきっかけだったのだ。≫

言葉の力は大きい。

≪さて、果たして高橋、金本らにその「言葉」があるだろうか。現役時代のヒーローインタビュ
ーを聞いている限りでは、ない。ラミレスに至ってはパフォーマンスしかしていない。だから
心配なのだ。≫

同感。確かに、ないなあ。パフォーマンスでは必死に仕事をしている人はついて来ない。

≪そもそも既存の監督の談話も聞いていてうんざりするものばかりだ。巨人の原辰徳・前監
督の話など、聞けば聞くほどイヤになった。良いことをいいたい、ウケを狙いたい……そう思っ
て易しいことをわざと難しく表現して、自分を利口に見せようとしていた。自分が目立ちたいと
いう野心が見え見えだ。だから余計薄っぺらく感じた。真中満(ヤクルト)や工藤公康(ソフト
バンク)にしても、言葉が軽すぎる。≫

原監督はひどかった。マスコミがかなり編集していた。週刊FRIDAYに暴露記事がよく出て
いた。

≪説得力、そして重みのある「言葉」を発し、選手から「信」を得られるかどうか。監督業とは
それに尽きるのだ。≫

同感。
言葉で仕事をしていて、つくづくそう思う。