長寿社会、老々介護殺人、刑罰

毎日新聞2016年6月25日 11時53分(最終更新 6月25日 12時24分)
≪25日午前0時45分ごろ、埼玉県坂戸市浅羽の民家から「妻の首を絞めた。介護に
疲れた」と110番があった。県警西入間署員が駆け付けると、1階寝室で住人の川島
ユキさん(85)がベッドであおむけに倒れていた。夫の無職、太郎容疑者(87)が首を
絞めたことを認めたため、同署は殺人未遂容疑で緊急逮捕した。ユキさんは搬送先の
病院で死亡し、同署は殺人容疑に切り替えて調べている。≫

殺人だから警察が夫を逮捕するのは仕方ない。
が、逮捕して、起訴して、有罪判決を出して、刑務所に入れて、何が解決するのだろう
か。本人は殺人を繰り返すことはないだろうし、同じような立場の人は同種の事件を
起こす危険な場所に立っている。特別予防としても一般予防としても老々介護殺人の
実行者にとって刑罰は無意味だ。

それでも、刑罰は国家の約束事だから、裁判官は被告人に刑罰を科す。
国家権力はその程度のことしかしてくれない。

だから、私たち一般人は、こういう殺人者に刑事裁判を受けさせ刑罰を科することで
社会問題が解決したと思い込んではいけない。
それは思考の放棄だ。

≪逮捕容疑は同日午前0時40分ごろ、自宅でユキさんの鼻と口を手でふさぎ、首を絞
めて殺害しようとしたとしている。≫

夫婦のことを想像してみよう。
結婚してからの夫婦はどんな人生を歩んできたのか。
夫は夫婦の人生を思い起こしながら奥さんの鼻と口をふさぎ、首を絞めていたのか。
なにを考えながら首を絞めていたのか。
鼻と口から手を離し、首を絞める手を緩めたとき、夫にはこれからの人生がどのように
見えただろうか。

≪同署によると、太郎容疑者は「10年前から妻を介護していた。介護に疲れた」と供
述しているという。夫婦は2人暮らし。ユキさんは今月、入院していた病院を退院して
いた。≫

奥さんが入院している間、どんなことを考えながら生活していたのだろうか。
奥さんが病院を退院できたことは嬉しかったのだろうか。
退院してから首を絞めるまでの日々、何を考えていたのだろうか。
だれよりも奥さんの世話をしていた夫が、奥さんの殺人者になる。人生の終わり間
際で殺人者になる。

だれのための長寿社会か。長寿社会はこの夫婦を幸せにしただろうか。みんなを幸
せにしているだろうか。
私たちの社会はこの夫を殺人者にしないことはできなかったのだろうか。これからも
できないのだろうか。