裁判官は捜査機関の言いなりになる

 日本のテレビドラマや映画などに出て来る刑事裁判官は、公正な判断をしてくれる神様の
ような存在ばかり。でも現実は、周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』に出て
来る室山省吾裁判官(小日向文世)みたいな裁判官がふつう。

 警察官に目を付けられるような人は何か問題がある人という見方をしている。
 民事裁判でも、警察による被害を訴える裁判では、裁判官は圧倒的に警察側の視点に立って
いる。ほとんどの弁護士はそのことを知っているから、警察被害に遭った人が弁護士に相談
しても、「警察には勝てないから、裁判はやめた方がいい」と説得する。

 その説得は正しい。
 わたしのところには、その説得に納得できない人が相談に来て、裁判を起こすことがある。
裁判では、証人に立った警察官をとことん追い詰め、不自然な証言(偽証)だらけになる。
傍聴している人たちは、「これだけ追い詰めれば、原告の勝訴ですね」と予想する。
 わたしは、「そうなってほしいけど、全部敗訴かせいぜいごく一部勝訴ですよ」と答える。
 現実は、わたしの言ったとおりになる。

 軽犯罪法
 この法律の名前を知っている人は多いだろう。警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の
廃止と引き換えに制定された。
 罰則は、拘留又は科料だけ。罰則が軽いだけに濫用されるおそれがある。そのことを法律は
しっかり意識していて、第4条で、「この法律の適用にあたっては、国民の権利を不当に侵害
しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことが
あってはならない。」と明記している。
 ところが、現実は、警視庁の犯罪統計や法務省の検察統計をみれば明らかなように、毎年、
軽犯罪法違反の摘発が異常に多い。
しかも、全部で33種類の行為類型のなかで、第2号(刃物
等の携帯)と第32号(田畑侵入)が圧倒的多数を占めている。

 で、わたしが最近取り組んでいるのが、職務質問の際にマルチツールやサイバーツールを
持っていて、軽犯罪法第1条第2号違反として警察署に連行され、自白調書を作らされ、マルチ
ツールやサイバーツールの所有権放棄をさせられ、検察官に起訴猶予された人について、①職務
質問の要件を充たしていない、②軽犯罪法第1条第2号違反ではない、など違法な警察権力の
行使について、損害賠償請求訴訟だ。

 ひとりは大学に勤務する研究者。前科前歴はない。深夜、大学から自宅へ歩いて変える途中に、
警察官らに声を掛けられた。研究者が災害時用に持っていたマルチツールをみつけると、警察官ら
は「何でこんなもの持ってるんだ!」とどなった。

 ひとりは大手電機メーカ勤務に勤務するコンピュータ周辺機器の設計技術者。前科前歴はない。
土曜日の昼間、秋葉原の電気街を歩いているときに、警察官等に声を掛けられた。設計技術者が
パソコンなどの工作用に持っていたサイバーツールをみつけると、警察官らは、「ナイフが付いて
いますね。これはお預かりします」と言って取り上げた。

 マルチツールもサイバーツールも、これを携帯していることは世界中で犯罪ではない。便利な
グッズとして人気だ。海外出張が多い研究者も設計技術者も、日本の警察官らの対応に驚いた。
犯罪者扱いに屈辱感、恐怖感、怒りをいだいた。

 そもそも警察官職務執行法職務質問の要件を充たしているのか。
 第2条第1項は、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの
犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた
犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を
停止させて質問することができる。」
と規定している。
 異常な挙動はない。
 周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに
足りる相当な理由もない。
 既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると
認められる事情もない。
 法律の要件を充たしていないのだから、彼らに対する職務質問は違法だ。

 ところが、東京地裁(裁判長:堀内 明、裁判官:大須賀綾子、森山由孝)は、驚くべきことに、
研究者が道路脇にあった電気施設を振り返ったことが「異常な挙動」に当たると判断した。常識的
に考えれば、これくらいのことでは、第2条第1項には該当するはずがない。それが、裁判官が
3人揃って、こういう判断をするのだ。
 しかも、東京高等裁判所(裁判長:坂井 満、裁判官:佐藤美穂、徳岡 治)も、これを追認
した。

 これに対して、設計技術者の裁判では、東京地裁(裁判長:都築政則、裁判官:川粼聡子、齋藤
隆広)は、職務質問の違法性を認定したが、そのようになったのは、警察側の主張が提出した証拠や
警察が作成した証拠と明らかに矛盾するという“自殺点
を出してしまったからで、設計技術者側の
立証が成功したからではない。

 軽犯罪法第1条第2号該当性はどうか。
 条文は、「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を
加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」
というものだ。
 (1)正当な理由がないこと、(2)刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な
害を加えるのに使用されるような器具であること、(3)隠して携帯していたことが、要件となる。

 警察官は(1)を確認していない。
 マルチツールやサイバーツールは、「人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに
使用されるような器具」ではない。
 ふつうにバッグの中に入れていたのであって、隠していたのではない。

 ところが、どちらの裁判所も犯罪の成立を認定した。
 研究者は、災害時用にほかにも地図や水、懐中電灯なども持っていて、警察官らに見せたが、だれも
写真を撮らず、裁判では、「そんなものはなかった」と偽証した。裁判所は警察官らの偽証を事実と
認定した。
 設計技術者については、秋葉原に来たときに携帯している正当な理由はない、という理屈で、正当性
を否定した。ほとんど揚げ足取りだ。
 裁判所は、便利グッズであっても刃物がついているのだから、刃物だと決め付けた。
 裁判所は、見えない状態になっているから隠していると認定した。

 軽犯罪法第4条が「この法律の適用は慎重に」とわざわざ規定しているのに、現実は、裁判所が
積極的に警察のお先棒担ぎの役割を果たしているのだ。

 これが日本の裁判の現実だ。
 冤罪の温床は、裁判官全体を覆う「警察官を妄信して当然」という空気だ。
 秘密保護法が成立したとき、共謀罪や独立教唆罪などで逮捕、家宅捜索、起訴が行われれば、裁判所は
躊躇することなく、有罪判決を出しまくるにちがいない。「悪いのは私ではない。法律に規定があるの
だから当然だ」。

 国会では、どうして刑事弁護に苦労している弁護士を参考人に呼ばないのだろう。