<累犯障害者>猶予中の犯罪で再び執行猶予

 毎日新聞 9月15日(月)14時0分配信の記事
 ≪執行猶予中の再犯となる列車往来危険罪に問われた大阪府内の男性(35)に対し、大阪
地裁(坪井祐子裁判長)が7月末、再び執行猶予を付ける異例の判決を言い渡したことが分か
った。男性に知的障害などがあることが公判で判明し、地裁は「福祉の支援などで更生が期待
できる」と判断した。実刑を求めていた検察側も控訴せず、判決は確定した。≫

 この事件における、弁護士の弁護活動、裁判所の判断、検察庁の対応、どれも適切だ。

 記事にもあるが、執行猶予中の再犯の場合、通常は執行猶予が取り消され、再犯の分と合わ
せた量刑の実刑が科される。
 しかし、坪井裁判長は、知的障害などの影響で犯罪を繰り返してしまう「累犯障害者」であるこ
とを考慮し、弁護側が出した更生計画を評価して、再度の執行猶予を言い渡した。

 ≪判決によると、男性は昨年、大阪市内の線路上に約3メートルの棒を置いた。通過した電車
接触したが、けが人はなかった。地裁は今年7月31日、障害の影響で当時は心神耗弱状態
だったと認定し、懲役1年、保護観察付き執行猶予5年(求刑・懲役1年6月)とした。≫

 怪我人が出なかったのはなによりだった。それで、大怪我をした被害者や死亡者、遺族がいな
いことが、裁判官の気持ちをいくらか楽にしただろう。

 ≪男性は小中学校の普通学級と専門学校を卒業し、派遣社員として箱詰めの仕事をしていた。
作業が遅いとして上司に注意されることはあったが、家族も周囲も障害があることを認識してい
なかった。≫

 認識されないから、特に配慮されない。ふつうの人と同じようにできることが期待される。

 ≪一方、20代以降に何度も警察ざたを起こし、2011年には民家の洗濯物を盗んだ罪で初め
て起訴され、懲役2年6月、執行猶予3年の判決を受けた。≫

 この過程では、男性の知的障害にだれも気づかなかった。 今回の事件を担当した弁護士はちがった。

 ≪今回の公判では弁護側の請求による精神鑑定が実施され、広汎(こうはん)性発達障害と軽
度の知的障害と診断された。
 弁護側は、社会福祉士と連携して「更生支援計画」を作成。障害者施設への入所、コミュニケー
ション能力向上の訓練など、福祉支援による更生を約束していた。≫

 男性の前科や今回の事件の経過などを詳しく聴いている過程で、弁護人はおかしいことに気づ
いたのだろう。この男性に刑罰の脅しによる反省は期待できない。このままでは、刑務所に入っ
て、出てもまたすぐに刑務所に戻る生活を繰り返すにちがいない。それは、男性の人生を無駄
にするだけでなく、刑事裁判としても無意味だ。

 ≪坪井裁判長は判決言い渡し後、男性に「裁判所は悩んだが、立ち直るチャンスを与えます」と
語りかけた。≫

 執行猶予中に犯罪を犯した被告人は実刑。これが裁判所の常識。ほとんど掟だ。この掟に逆ら
うのは、裁判官にとって並大抵のことではない。

 実刑判決になるはずの事件で執行猶予判決は、検察官にとって屈辱。ふつうだったら、検察官
は控訴する。それが検察の常識。だが、この事件で、検察官(大阪地検)は常識を破った。検察
庁も刑務所も法務省の組織だから、法務省の視点からすれば合理的だからだろうか。

 弁護人のコメント。
 ≪「累犯障害者の更生には福祉と連携した訓練が必要で、刑務所では期待しにくい」≫

 そのとおり。刑務所見学に行って、受刑者の実態を聞くと、刑務官自身がこのことを認めている。
刑務官たちは、累犯障害者の矯正が刑務所ではむずかしいことを知っているが、送られてくれば、
対応するしかない。刑務所の限界が世の中に理解されていない。この事件の弁護人の問題提起
は、累犯障害者のためのあるべき矯正はだれがどのように行うべきかを考えるとき、とても有益
だ。

 男性の母親(60)のコメント。
 ≪「障害に気付かず、自分の育て方が悪いと思っていた。裁判所に配慮してもらいありがたい」≫

 親は悪くない。知的障害の専門家ではないのだから気づかなくて当然。これまで、弁護士、検察
官、裁判官が幾人も関わっていながら、だれも気づかなかった。こっちこそ問題なのだ。

 記事によれば、
 ≪累犯障害者の再犯をなくそうと、福祉の専門家である社会福祉士が弁護士と連携するケース
が増えている。≫

 いいことだ。

 ≪法務省によると、2012年1〜9月に受刑した知的障害(疑い含む)を持つ再犯者のうち、約5
割が前回の出所から1年未満に再び罪を犯していた。≫

 すごい高い再犯率だ。でも、そうなってしまうだろうなあ。

 ≪こうした累犯障害者は出所後に福祉の支援を受けられず、犯罪を繰り返してしまう場合が多い
とされる。また、刑務所に収容するよりも福祉施設などで訓練を受ける方が更生に結びつきやすい
との指摘もある。≫

 まちがいない。少なくとも、これまでよりずっとずっと再犯率は低くなる。

 ≪弁護士と社会福祉士の連携は広がりつつある。先駆的とされる大阪弁護士会では、弁護士に
社会福祉士を紹介する制度も始めた。≫

 いい。

 ≪累犯障害者の刑事裁判を担当した弁護士が社会福祉士に相談し、被告の生活歴や障害の程
度から、更生支援計画をまとめてもらう。弁護士は公判で計画を証拠請求し、実刑ではなく福祉支
援による更生の必要性を裁判所に訴えることが多い。≫

 がんばってる。

 ≪ただ、裁判所が累犯障害者実刑を回避するケースは異例とされる。≫

 異例かあ。
 そうなってしまうのは、なぜか。それは、日本社会(に暮らす人々)が犯罪(者)を少なくする手段
として刑罰を過信しすぎている、ほとんど信仰ともいうべき絶対的な信頼を置いてきたからだ。裁
判官はその社会で仕事をし、国民的信仰を維持して来たに過ぎない。

 累犯障害者は周囲の関わり方で、犯罪を犯さなくなる人たちだ。
 異例が通例になるには、ひとりひとりの裁判官の勇気に頼るわけにはいかない。こういう裁判官は
あまりいない。警察・検察、弁護士会、裁判所、刑務所、地域行政と連携して制度にしていく必要が
ある。
 当面、全国の弁護士が累犯障害者の刑事事件の弁護を、今回の事件の弁護人のように取り組む
ことで、このような弁護方針の正しさ(犯罪者を救うことは、実は被害者を救う(少なくする)ことに確
実に繋がっている)を実感することから始めるべきだ。