すでに始まっている? 秘密保護法的社会

 今日、都内有楽町にある、外国特派員協会に行って、秘密保護法の話をして来ました。
 「どこの国にだってあるでしょ」という雰囲気もありましたが、話しているうちに、
この法案の異常ぶりをわかってもらえたような手応えを感じました。
 そのとき話した内容を中心にして書きます。

 いま、国会で特定秘密保護法案の審議が行なわれています。
 その特徴は、与党議員も政府の大臣たちも、法案が国会に提出するまで、法案の内容を
ほとんど知らなかったということです。
そういう法案を大臣、与党議員、一部の野党議員が
強引に成立させようとするのは、異常です。
 日本弁護士連合会では、通常、弁護士会として反対している法案であっても、国会に提出
する前に法案を作成している省庁の担当者といろいろ協議し、できるだけ対立点を少なく
するようにしています。ところが、秘密保護法では、事前の協議がまったくありませんでした。

 いまなぜ、与党が提案するような秘密保護法が必要なのでしょうか。
 法案第1条には、「国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の
重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの
危険性が懸念される」と書いてあります。
 「高度情報通信ネットワーク社会ではデータの漏えいの危険性が懸念される」という点は
理解できますが、法案の内容はこの目的に対応しているでしょうか。

 高度情報通信ネットワーク社会では、情報は電子データが基本です。電子データは
漏れるだけではなく、書き換えられたり、消されたりすることも大問題です。ところが、
この法案は漏えいしか問題にしていません。つまり、この法案を推進する立場の人に
とっても大きな問題が残っているのです。

 政府は、「日本に秘密保護法がないから、アメリカが重要な情報を共有してくれない」
「日本版NSCを作る上で必要不可欠だ」
と言います。しかし、これらも説得力がありません。
 アメリカが求めていることがあるとすれば、それは共有すべき情報をルーズに管理されては
困るということであって、情報保全システムのレベルアップです。漏えいしたら厳しく処罰
してくれればいいということではないはずです。
 日本版NSCにとって重要なことは、総理大臣などが官僚から重要な情報を取得しやすく
することです。そのためには、官僚がアクセスできる情報に総理大臣も同じようにアクセス
できるようにすればよい
ことです。

 ところで、日本にすでに秘密を保護するための法律があるのをご存知でしょうか。
 国家公務員全体に関する国家公務員法、外務省に関する外務公務員法防衛省に関する
自衛隊日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法MDA)、アメリカ軍隊に関する
刑事特別法などです。「諸外国にあるのに、日本に秘密保護法がないのはおかしい」という
賛成論は成り立ちません。これらの法律だけではなにが足りないのかということを、具体的
に検討する必要があります。

 では、今回の法案の問題を個別に見ていきます。
 秘密とは、何を指すのでしょうか。
 秘密対象は別表で第1号から第4号まで規定されている事項に関する情報です。
 1号は、防衛に関する事項として10項目を挙げていますが、その内容をみると、防衛省
業務全般になっています。
 第2号は、外交に関する事項として4項目を挙げていますが、安全保障の概念が非常に広い
ので、限定はなかなかむずかしいです。
 第3号の「特定有害活動」と、第4号の「テロリズム」も曖昧です。
 「特定有害活動」の定義の1つとして、「その漏えいが我が国の安全保障に支障を与える
おそれがあるものを取得するための活動」とあります。「安全保障」が何を指すのか、
「支障を与えるおそれ」とはどのようなことを指すのか、どちらも、曖昧です。
 テロリズムについては、国会の審議で、9.11や国際テロなどが例に挙げられて
いましたが、条文とは無関係の議論です。条文では、「政治上その他の主義主張に基づき、
他人にこれを強要するための活動」がテロリズムと定義されています。住民運動や市民活動、
個人の意見表明さえもがテロリズムに含まれます。

 しかも、実際に特定秘密に指定される情報が第1号から第4号の定義の枠内におさまって
いるかどうかをチェックする仕組みはありません。違法秘密や、秘密指定してはいけない
擬似秘密が紛れ込んでも、これをチェックすることができません。

 法案では、秘密指定期間を5年としています。
 ところが、法案が修正された結果、最大で60年間、秘密にできることになりました。
しかも、武器、弾薬など防衛の用に供する物など、7項目については、無期限で秘密指定
できることになりました。

 では、これに対して、国会はチェック機能を果たせるでしょうか。行政機関が秘密指定
した情報であっても、国会が審議の対象にすると決めたら、行政機関はこれに従わなければ
ならない、という規定が設けられる必要がります。
 ところが、法案では、国会は、情報提供先としては「その他」に分類されています。しかも、
行政機関が了解したときだけ、秘密情報を提供してもらえる立場でしかありません。これでは、
国会は、本来秘密にしてはならない情報が、秘密になっていてもチェックできません。憲法
規定する国会の国権の最高機関性の否定です。

 それだけではありません。
 国会議員は秘密漏えい罪で処罰される対象として規定されています。これは国会議員の言論
活動を不当に制限することになるおそれがありますから、慎重に検討する必要があります。

 報道の自由や取材の自由を確保するためということで、第22条の規定が設けられました。
政府は、これで正当な取材活動が守られると説明しますが、そうはなりません。
第1項では、報道や取材の自由に配慮すると規定していますが、実際には「配慮した」と言
えばいいだけのことで、条文にするまでもないことです。
 第2項では、「著しく不当な方法による」取材でないかぎり、正当な業務だとしていますが、
「著しく不当な方法」かどうかは、捜査をしてみなければわかりません。実際に処罰されなく
ても、捜査対象となるリスクはかなり高く、それだけでも萎縮効果は計り知れません。

 更に今回の法案では、秘密情報を取り扱うのに相応しい人かどうかを判定するための適性
評価制度を設けることになっています。
 国家公務員については、事実上、すでに行われています。
 政府は「法制度化した方が、公務員の権利を保障する観点からよい」と言う説明をして
いますが、個人のプライバシー情報をたくさん集めても、情報漏えいの将来予測を的確に行う
ことはできません。
プライバシー情報が不正に利用される危険の方が遥かに問題です。

 しかも、法案では、行政機関の長は、例えば、防衛産業の企業など、契約先企業の従業員に
ついても適性評価をする権限を持っています。国が企業の従業員の詳細なプライバシー情報を
取得し、企業の人事を左右することについて、経済界は問題がないと考えているのでしょうか。

 日弁連は、秘密保護法の問題について3年前から取り組んで来ました。政府の秘密主義の
増長と重罰主義による民主主義の衰退
を懸念したからです。懸念は的中しました。
条文の問題点を徹底的に検討すべきなのに、衆議院ではどの政党も日弁連の弁護士を参考人
として呼びませんでした。地上波放送のテレビの討論番組も1社(TBSテレビ)が1回、呼んだ
だけです。まるで、政府から禁止令が出ているかのようです。

 日本ではすでに秘密保護法的な言論萎縮社会が始まっているのかもしれません。
 民主主義社会にふさわしい別の形の秘密保護法があるはずです。もっと時間をかけて国民的な
議論をしっかり行うべきです。