絶望しか見えなくなったとき、人は暴走する

 「警察組織の中では、自分の気持ちを曝け出して相談できるような
人はいない」「相談しようものなら、自分の弱点を他人に知られたこ
とで、いつどのように不利に使われるかわからない」

 わたしのところには、毎月、ひとりから数人の警察官、元警察官か
ら職場の人間関係で悩みの相談がある。ほとんどの人がこのように言
う。稀には、「○○課長は尊敬している人だから、あの人だけは自分
のことをわかってくれるはずです」という警察官もいる。私が「それは
ちがう。その人も警察組織の一員だから、あなたと組織のどちらをと
るかとなれば、間違いなく組織をとりますよ」と言うと、ムッとした態度
になる。・・・が、しばらくすると、「先生のいうとおりでした」となる。

 わたしがどんな話をしているかは業務秘密・・・でもないか。しばらく
話し込んで、少し納得して、少し元気になって職場に帰っていく警察官
たち。

 日本では警察は社会正義を担う組織だと信じられている。
 その警察組織は一体性がつねに強調される職場だ。「上司は絶対」。
それで警察官は動く。上司がちょっとおかしいことを言ったとしても、
疑問を挟まず、黙って従うことが当然。なので、実際には、正義と上
司の命令が明らかに一致しない場合が起こる。それでも従わなければ
ならない。この従属性があってこそ組織の一体性が維持される。少し
でも疑問を抱くことは、一体性を害する考え方として徹底的に排斥さ
れる。

 それがわかっているから、だれも疑問を口にしない。疑問を抱かない
よう常に自制する。その状態が当たり前になり、何でも平然と従える者
が出世して行く。だれでも低い地位(巡査、巡査長、巡査部長)から抜
け出したい。上に上がって行くために、組織の中で生きて行くために、
とだれもが上昇志向になる。表向きは安定しているが、内情は深いとこ
ろで理解し尊重し合っているわけではない。相互不信の「病気」はかな
り重い状態になっている。
 警察組織はこの「病気」の重篤さを自覚していない。自覚がないから、
本格的に対策を立ててちゃんと「治療」をしようとしない。「病気」は悪
化の一途を辿る。

 読売新聞記事(4月12日(土)13時55分配信)によると、警視庁の
男性巡査が幼馴染みだった交際相手の女性巡査を刺殺した後に自
殺したらしい。
 また、こういう事件が起こったか、と思う。

 2人は2012年に警視庁に採用され、13年から交際を始め、今年3
月に結婚予定だったが、延期していたという。男性巡査は、警視庁の
採用試験に絡む問題で監察の調査を受けていたとのことだから、これ
が男性巡査の悩みの原因になっていて、将来を悲観したのかもしれな
い。

 絶望しか見えなくなったとき、人は暴走する。警察官も人。絶望しか
見えなくなれば、暴走する危険がある存在だ。

 付きまとっていた女性宅に押しかけ、同人をけん銃で殺害した直後
に自身もけん銃自殺した立川署の警察官を思い出す。彼の悩み周囲の
警察官らは知っていた。しかし、彼のためにも付きまとわれて困ってい
る女性のためにも、親身になって聴いてやっていた同僚や上司の警察
官はいなかった。

 今回の男性巡査についても、彼の悩みは全くの他人事で、親身にな
って相談にのってやっていた同僚や上司の警察官はいなかったのでは
ないか。
 いつもどおりの、「あってはならないことが起こった」などという軽いコ
メントはやめよう。被疑者死亡の殺人事件として処理すれば、それでお
しまい、にしてはいけない。警察は自らの「病気」を自覚し、「病理」を
解明し、積極的に「治療」に取り組むべきだ。