弁護士はだれのために弁護をするのか?

 朝日新聞デジタル 3月2日(月)5時2分配信
 ≪18歳、中1殺害容疑認める供述「暴行チクられた」≫を読んで、ふっと、少年
事件の弁護活動のむずかしさを思い出した。

報道によれば、
 ≪川崎市川崎区の多摩川河川敷で中学1年生の上村(うえむら)遼太さん(13)
が遺体でみつかった事件で、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された少年3人のうち、
リーダー格の自称無職の少年(18)が容疑を認める供述を始めたことが、捜査関
係者への取材で分かった。18歳の少年は逮捕直後、「当時のことは今は話さない
」と供述していた。県警は他の少年の供述内容などとつき合わせて真偽を慎重に
調べる方針だ。

 捜査関係者によると、18歳の少年は事件の約1カ月前に上村さんを殴り、大けが
をさせていた。これを上村さんから聞いた友人ら数人が、事件のあった数日前に18
歳の少年宅に押しかけて謝罪を要求。警察が駆けつける騒ぎになっていた。18歳
少年はこの経緯が殺害の動機だったと供述。「チクられて(告げ口されて)、頭に来
ていた」と話しているという。

 18歳の少年の供述によると、2月20日未明に上村さんのほか、同じく逮捕された
自称無職の少年(17)、自称職人の少年(17)と計4人で河川敷に向かった。

 その際、18歳の少年は17歳の無職少年に「どこかに行っていいよ」と指示。17
歳の無職少年がいなくなった後、上村さんを裸にして川に入れ、泳がせたという。≫

 これが真相かどうかはわからない。
 警察に身柄を拘束された人が、「ほかの人が、ああ言っている、こう言っている」と
取調べ警察官に誤導されることは、弁護士にとっては想定内のことだ。大人だって
根負けしてしまうくらいだから、少年などもっと簡単だ。外部との面会を制限し、心理
的に孤立させることは絶大な効果を発揮する。だから、断定してはいけない。
 ただ、父親のコメントと全く違うことだけは確かだ

 ここで書きたいことはもっとはっきりしていることだ。
 弁護士が新聞社に提供した父親のコメントと違う内容のことをリーダー格の少年は
しゃべり始めてしまっている。弁護士はこのことにちゃんと対応すべきだ。

 弁護士は弁護人選任届を警察署に出しているはずだ。そうすれば、少年に接見禁
止がついていても弁護人として被疑者接見ができる。夜間でも休日でもだ。

 少年が過酷な取調べを受けているというのであれば、取調べ担当の警察官に抗議
して止めさせるべきだ。
 少年が「やっていない」と訴えるのなら、その根拠を丁寧に聴くこと。そして、否認の
理由に合理性があるなら、いくら取り調べが厳しくても否認を通すよう勧めるべきだ。
 合理性がないなら、「あなたの味方である弁護士でさえ説得できないなら、あなたを
疑っている取調べ警察官はなおのこと納得してくれない」と説明し、「警察官に本当の
ことを話した方がいい」と助言すべきだろう。

 リーダー格の少年は弁護士に付き添われて警察署に出頭したとのことだから、弁護
士は事前に少年から事件への関与の有無内容を具体的に聴いているはずだ。その上
で、父親のコメントを新聞社に提供しているはずだ。少年が弁護士に話した内容と父
親のコメントの内容に矛盾していなかったか。

 警察の取調べですでに少年が事件への関与を認める供述をし始めているということ
は、少年が弁護士に話していた内容と父親のコメントが矛盾していることを、弁護士は
承知していたのではないか。

 弁護士は、父親のいないところで時間をかけて少年から事件への関わりを聴いて
いたか。
父親が同席していれば、少年は父親に心配をかけたくない、父親に叱られた
くない、という思いから、嘘をつく可能性があった。少年事件ではよくあるパターンだ。

 弁護士は一体だれと打ち合わせをして、少年を警察署に出頭させ、父親のコメントを
出したのか。ひょっとしたら、弁護士は父親との打ち合わせに重点をおいて対応したの
ではないか。

 子どもの気持ちは揺れ動き、一定しない。その点、親ははっきりしている。それに
護契約を結んで弁護士費用を出すのは親。
弁護士としては親に合わせた方が仕事が
しやすい。

 契約を結ぶ相手は親、弁護する当事者は子ども。ここに落とし穴がある。 依頼者のために最善を尽くすのが弁護士の仕事だ。少年事件では親のため、という
ことになるのか。そうではない。逮捕され、勾留され、鑑別所に入れられ、家庭裁判所
で審判を受け、少年院に入れられ、保護観察を受けたりして、人生に最も大きな影響を
受けるのは子どもだ。であれば、弁護士は子どものためにどういう弁護活動をすべきか
という視点で事件を考えるべきだ。親の意向がこれに合わなければ、親を説得して、子
どものための弁護活動をすることをはっきり伝えるべきだ。

 親は弁護方針が合わないということで契約を結ばないかもしれない。弁護活動の途
中で、「弁護方針についていけない」と、契約の解消を求めて来ることもある。そのとき
は、親との契約を打ち切って、少年と契約を結べばいい。

 わたしは幾度もそうしてきた。
 少年事件の依頼者である少年は弁護士費用なんか払えない。だから弁護士費用は着
手金も経費もゼロ円。事務所経営のことを考えれば、とんでもないことだ。だから、例外
中の例外。自分の目の前にいる少年を弁護できるのは自分だけだとなれば、自分が
やるしかない。

 そういう事件でも、実際には、少年審判が終わった時点では、親から報酬がもらえる
ことがほとんどだった。審判での少年の態度や言動をみて、これが自分の子どもかと
驚き、弁護活動・付添人活動に納得してくれた結果だ。

 1度だけ、父親から契約を打ち切られ、少年からも「うちの父親は僕の言い分なんか
絶対に聞き入れてくれない。父親が選ぶ別の弁護士さんにやってもらうしかない」と断
わられた。わたしも少年もとても残念だった。それから数年後。マスコミの事件報道で、
少年が少年院を出てから成人してもっとひどい事件を起こしたことを知った。

 今回の事件では、弁護士は少年とじっくり話し合って、少年のためにどうすることが
いちばんいかを少年と考えたうえで弁護活動をしているのだろうか。これまでの報道か
らはそのようにみえない。弁護士には、父親の意向ではなく、少年のための弁護活動
に徹して欲しい。
それだけが、弁護士と少年との信頼関係の形成を可能にし、少年が
事件のことを振り返るときの相談相手になってやって欲しい。