適性評価制度の適正さをうたがう

いま国会で審議している秘密保護法では、秘密情報を取り扱うのに
相応しいかどうかを判断するために、取り扱い予定者について一定の
事項についてチェックし、適性評価をするのだそうだ。「外国でも
やっているのだから、日本でも」「すでに事実上行っていることに
法的根拠を与えた方が人権擁護のためにいい」ということらしい。

確かに適性評価制度を採用している国はある。しかし、「だから、
日本も」というのは、短絡思考だ。
どのような項目についてチェックしているのか。

政府が有識者会議に提供した資料によれば、アメリカでは、
 対象者本人について、人定事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍
帰化情報)、出生地及び社会保障番号、身体的特徴等)、学歴・
職歴・軍歴、テロリズム・政府転覆活動への参加・関与、外国渡航歴・
活動歴、逮捕歴、信用状態、民事訴訟歴、薬物への関与・アルコール
に係る通院歴、精神状態に係る通院歴、親族(養父母・同居人を含む。)
の人定事項、本人をよく知る者(友人、同僚、上司、近隣者等)の
連絡先並びに過去の適性評価記録等について本人が調査票に記入する
ほか、セキュリティ関係の非違歴並びに性的な面における振る舞い等
について調査する。
 配偶者(同様の事情にある者、前配偶者を含む。)について、人定
事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍(帰化情報)、出生地、社会保障
番号等)、婚姻及び離婚の期日及び届出地等について本人が調査票に
記入する。

イギリスでは、
対象者本人について、人定事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍(帰化
情報)、出生地、旅券番号等)、学歴・職歴・軍歴、スパイ・テロ
リズム・議会制民主主義転覆活動への参加・関与の有無、外国居住歴、
犯罪歴、財務状況、信用状態、薬物への関与・アルコールに係る通院歴、
健康状態・精神状態に係る通院歴、親族、同居人及び雇用主の人定事項
並びに本人をよく知る者の連絡先等について本人が調査票に記入する。
 配偶者(同様の事情にある者、前配偶者を含む。)について、人定
事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍(帰化情報)、出生地等)、外国
居住歴、財務状況、信用状態等について対象者本人が調査票に記入する。

 ドイツでは、
 人定事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍(帰化情報)、出生地及び
身分証明書番号等)、学歴・職歴・軍歴、反憲法組織・旧東独情報機関
への関与、セキュリティ上懸念される国家への渡航歴・滞在歴及び当該国
における近親者の人定事項、継続中の刑事・懲戒手続、信用状態、強制
執行措置歴、親族の人定事項、本人をよく知る者の連絡先並びに過去の
適性評価等について本人及び配偶者が調査票に記入する。

 フランスでは、
 対象者本人について、人定事項(氏名、住所歴、生年月日、国籍(帰化
情報)、出生地並びに身分証明書番号等)、学業レベル(学位、外国語
能力等)、職歴、外国渡航歴及び親族の人定事項等について対象者本人に
調査票に記載させ、調査する。
配偶者について、対象者本人と同様の事項について対象者本人が調査票に
記入する。

アメリカの項目は多い。民事訴訟歴や性的な面における振る舞いまで
入っている。
フランスは極端に少ない。
有効期間は5年。さらに続けて秘密情報の取扱者を続けるなら、改めて
適性評価の調査を受ける。

フランスのように項目が少なくて、適性評価ができるのか。逆に、
アメリカのように広範囲な情報を集めて、すべての項目について正確性は
担保されるのか。性的な面における振る舞いとしてどのような回答を求め
るのか、どこまで詳しく正直に書くのだろうか。
記述内容が多くなればなるほど、有効期間内に変更になる項目はふえる。
それはすべて直ちに変更する制度になっているのか。自己申告が常になさ
れるだろうか。自己申告が当てにならなければ、常時監視することになるの
だろうか。
いつ起こるかわからない情報漏えいの対策として、どれほど意味があるのか。
少なくとも、11月15日までの政府答弁にはこの点の説明はない。

これに対して、日本は7項目。少ないような印象を与える。

一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の
安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器
軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置
若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又は
これらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に
大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動で
あって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を
著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において
同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは
他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を
殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表
第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者
(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。
以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者
以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び
同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を
含む。)及び住所を含む。)
 二 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
 三 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
 四 薬物の乱用及び影響に関する事項
 五 精神疾患に関する事項
 六 飲酒についての節度に関する事項
 七 信用状態その他の経済的な状況に関する事項

しかし、どれも???だ。

第1号では、「特定有害活動」と「テロリズム」との関係に関する事項と、
家族・同居人に関する事項が挙げられている。

「特定有害活動」は聞きなれない言葉だ。定義は、「公になっていない
情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがある
ものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤
若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することが
できるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用
若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を
輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を
図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は
害するおそれのあるもの」となっている。

核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布の
ための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人
航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられる
おそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動」
というのは、ある程度具体的にイメージできる。

しかし、「その漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがある
ものを取得するための活動」や「その他の活動」は具体的にイメージ
できない。「外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の
安全を著しく害するおそれのある」かないかは、世界中の人々が国籍や
出生地に関わらず世界中に住み、経済活動も情報の流通も世界規模が
当たり前になっている今日、国単位でものごとを考える状況ではなく
なってきている。「特定有害活動」との関係に関する事項としてどの
ような項目を入れるのか。現在、事実行われている項目はどうなって
いるのだろうか。

 「テロリズム」はよく耳にする言葉で、一般市民にとっても大体
イメージできる。国会の議論でも、「9.11」「国際テロ」「テロ
リズム」などの言葉が出て来る。しかし、この法律の定義はそれとは
まったくちがう。まったくちがう内容を同じ用語で説明し議論するのは、
ほとんど詐欺だ。

法案の「テロリズム」の定義は、「政治上その他の主義主張に基づき、
国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を
与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための
活動」。正確に分析すれば、「政治上その他の主義主張に基づき」
「国家若しくは他人にこれを強要するための活動」をすれば、テロリズムだ。
人を殺傷したり、重要施設を破壊することは要件になっていない。
これは、「9.11」とも「国際テロ」とも無縁だ。市民運動
住民運動、さらには個人のアピールさえもが「テロリズム」になりかねない。

「特定有害活動」「テロリズム」の概念は、適性評価項目として使われる
場合と、実際の公安警察の活動で使われる場合とで異なることになるだろう。
なぜなら、前者は、本人に項目を見せてチェックさせるのに対して、後者は
部外者にはだれにも知らせないことになっているから何でも入れることが
できるからだ。
 それにしても、調査項目によっては思想信条の自由を侵害するおそれが
ある。現に行われている適性評価ではどうしているのか。未だ国会では
明らかにされていない。
 
 これに対して、家族等については、氏名、生年月日、国籍(旧国籍も)、
住所の4項目しか確認しないとのことだ。

 何かあれば、これらの人たちについてもより詳しい身辺調査をしようと
いうことになるのではないだろうか。そういう使い方をしないのであれば、
そもそも集める意味がない。
 4項目しかないので、逆に、国籍が目立つ。家族等の中に日本との関係が
良好でない国の国籍を持つ人がいると、取扱者になれないということになる
のかもしれない。

 第2号:犯罪及び懲戒の経歴に関する事項

 分限こそ適格性の問題になるはずだが、分限の経歴は入っていない。
参考にした外国の制度に入っていなかったからだろう。
 このような事項が情報漏えいとどう結び付くのか、想像ができない。

 第3号 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項

 この項目は、一見、もっとも適切のように思えなくない。しかし、
その記録が真実かどうかは疑わしい。弱い立場の者に責任を転嫁して、
強い立場の者は逃げ切る、ということがときとして起こるからだ。

 第4号 薬物の乱用及び影響に関する事項

 「乱用」はどのような基準になるのか。医師の処方を受けているか
どうかが基準になるのか。「乱用」に至っていなければ無視してよいのか。
「影響」はどういう状態を指すのか。現状ではどのような項目になっている
のだろうか。

 第5号 精神疾患に関する事項

 精神疾患は多様である。自覚症状もあまりなく、あるいは自己
コントロールが可能で、通常に業務ができる人もいる。適切な治療を
受けている人もいれば、問題があるにもかかわらず、治療を受けて
いない人もいる。どのような精神疾患を問題にするのだろうか。現状は
どうなっているのだろうか。

 第6号 飲酒についての節度に関する事項

 飲酒の「節度」ということになると、難関の人がかなりいるのでは
ないだろうか。地方公務員である警察官が広く取扱者になることが
予想されるが、大丈夫だろうか。

 第7号 信用状態その他の経済的な状況に関する事項

 借金の有無多寡を問題にするのだろうが、地方公務員である警察官は
無事、クリアできるだろうか。

 このように個々の項目をみてみると、調査項目が詳細にわたり、
正確な記述を厳格に求めることになれば、取扱者候補者が軒並み
失格になる可能性がある。 民間企業の従業員については、行政
機関側が調査することになる。その結果、民間企業側で責任者として
対応しようとした者が失格になるということも起こり得る。民間
企業の人事に国が介入して来る構図だ。
 このようなことでよいのだろうか。

 法案によれば、日本でもこの調査は5年ごとに行うことになって
いる。5年単位の調査で、5年分の信用を確保できるはずがない。
外国の立法例の真似をしておけばいいという、創造力のない、責任を
取りたくない官僚らしい発想だ。

 このような個人情報をいくら集めても、その人が情報を漏えい
しないことを確実にすることなどできない。
 しかし、多くの個人情報を収集し知ってしまったことにより、
それが意図的、あるいは意図せずして、差別的人事や悪い噂などに
「利用」されてしまう危険は確実にある。